鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

〜巨大化していく妹への劣等感〜尿管結石発症までの精神的経緯⑦

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「〜憎しみのドミノ倒し〜尿管結石発症までの精神的経緯⑥」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は自分の母親への憎しみが巨大化した結果、その憎しみが妹にも向き始めた、という話でしたね。以前にもお話ししました通り、自分と妹の関係は2000年の1年間はとても良好だったんですよ。お互い家に引きこもっている状況でしたから、引きこもってるもの同士、一緒にTV見たり、ゲームしたり、グダグダ過ごす時間が多かったのです。(自分24歳・妹21歳)そして自分は2001年に大学に復学するものの失敗しまして、再び大学を休学し、古本屋でバイト生活を送る事になりました。さらに2002年は2店舗目の古本屋でフルで働き、なんとか大学復学へのきっかけを掴めないかもがいていました。先程お話しした、「憎しみが妹にも向き始めた」現象、これが起き始めたのはこの頃ではないかと思います。そう、とにかく自分の人生はあらゆる学校生活、バイト生活において人間関係が全く作れず、ひたすら挫折感と孤独感が蓄積していった人生だった訳ですが、この2店舗目の古本屋バイトにおいても、店長とのコミュニケーションが全く取れず、働き続けるのがとても苦しい状況になりつつありました。(古本屋バイト時代の鬱の諸症状(2002年4月〜2003年4月・26歳) )そんな状況の中で自分が母親に感じる憎しみはどんどん巨大化していきまして、しまいには妹まで憎くなってきたのです。そう、ある時自分と妹は喋っていて、いつものように母親に対する憎しみを妹に聞いて貰っていたのですが、その時のリアクションが自分にはすごく物足りないものだったのです。もしかしたら「そんなにお母さんの事を悪く言わなくてもいいんじゃない?」的なリアクションだったのかもしれません。自分に比べると妹と母親の関係は良かったですから、妹が母親の事を擁護するような事を言ってもおかしくはありません。なんというか、自分の母親に対する憎しみはどんどん酷くなっていく一方でしたから、それに妹はついていけなくなってしまったのだと思います。そしてそのすごく物足りないリアクションをきっかけにして自分は「あいつは俺に比べるとたいして母親に対してムカついていないようだけど、そんな妹にもムカつく!」となってしまい、ドミノ倒しのように妹もまた憎しみの対象になっていきました。




また、妹を憎しみ始めたもう一つの大きな要因として「嫉妬」がありました。なんというか、妹と色々話しているうちに自分より妹の方が人間関係を作るのが断然上手な事が分かってきたのです。何度も書いています通り、自分は学校生活やバイト生活などあらゆる社会生活において人間関係をまともに作る事が出来ず、現実世界からドロップアウトしつつあった訳ですが、妹のこれまでの人生を聞いてみると自分より遥かに上手く人間関係を作れていたのです。そう、中学、高校時代自分は視力を大幅に落とす程ゲームに熱中していたのですが、そのゲームを通じて友達を作り、仲良くなる事が全く出来なかったんですね。しかし、話を聞いてみると妹は中学時代にアニメにハマっていたのですが、同人誌を作り、同人誌の即売会に参加したりしていまして、アニメ友達がいたようなのです。また、妹は大学受験に失敗した後、アトピーが悪化し、家に引きこもるようになっていったのですが、引きこもりになった後も妹はパソコンを購入して同人活動を続け、そこでも友達に恵まれていたようでした。要するに自分はヲタクになれなかったヲタクであり、妹はヲタクとしてヲタク友達がいてヲタク生活を満喫していた。ここら辺の話を妹から聞かされた時、自分はとてもショックを受けたのを覚えています。「え??妹とは同じ家庭環境で育ち、現在同じような引きこもり状態にあるのに、俺にはこれまでまともに友達がいた事が無いのに対して、妹はとても人間関係に恵まれてきている。この差は何??俺は妹と比べて根本的に人間的な何かが大幅に劣っているのか??」、と。もうねぇ、凄まじくコンプレックスを刺激されたのを覚えています。




加えて妹には高校時代には彼氏がいたという話でして、これもまた自分のコンプレックスを大いに刺激しました。実際には妹とその彼氏との関係は色々トラブルが多いものだったのですが、そんな事は当時の自分には関係ありません。「妹には恋愛経験があるのに、兄である自分にはそんな経験が全く無い」これもまた自分には耐え難い事実でした。自分は小学校3年生以降どんどん女の子とコミュニケーションが出来なくなっていきまして、高1で鬱を発症して以降はコミュニケーションどころか、女の子に好意を持つ事すら無くなっていました。高1以降の自分は女の子どころか、同性の男友達とのコミュニケーションすら困難になっていきましたから、そんな状況では女の子に好意を持つ余裕すらありません。身体的にも①慢性的な食欲消失②日曜夜の喘息③酷いめまい、の3つに襲われ続けていましたから、女の子どころではありませんでした。そして、大学入学以降は女の子を避けて空手部に入ったものの、鬱は3倍に酷くなってしまいまして、もはや人間としての活動自体が危うくなっていきました。(大学入って鬱が3倍酷くなった話 )当然女の子とはますます縁遠くなっていく一方です。ですからね、「妹には恋愛経験があるにも関わらず、兄である自分には恋愛経験が全く無い。それどころか異性との交流自体がそもそも全く無かった」という事実は、自分の精神に甚大なダメージを与えた記憶です。




そう、2000年の1年間、自分と妹は一緒に過ごす時間が多く、グダグダする中で関係が親密になっていく感じもありました。そして、その中のお喋りで自分は妹がどのような人生を送ってきたのか断片的に知っていったんですね。しかし、その中で聞いた妹の人生のあれこれが自分の中に多大な劣等感=嫉妬を生じさせ、後々それが憎しみに変わっていってしまったのはなんとも皮肉な話だったなぁと思います。




そして、その異性関係の有無から生じた巨大なコンプレックスが尿管結石発症の引き金となっていくのでした。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m







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