鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

尿管結石の際の父親の暴言、その背景を探る③

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「尿管結石の際の父親の暴言、その背景を探る②」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は2016年頃の自分が3つ目の仮説を思い付いたという話でしたね。尿管結石の際、父親から自分に投げ付けられた暴言「こんな時だけ頼りやがって!!」、この暴言は父親が患者さん達への対応する中で産まれた言葉ではないだろうか?、と。そう、うちの父親は1985年の開業以来「一人ブラック企業」状態で昼夜を問わない患者さんからの往診依頼に応えて行きました。さらにうちの父親は本質的には医者という職業に全くもって向いていない性格の持ち主です。加えて、開業と同時に母親との仲も急速に悪化していきました。これら鬱要素の蓄積により、ただでさえ不安定な父親の心身がさらに削られていった事は想像に難くありません。また、患者さん達の中には対応が厄介な患者さん達もいたと思うんですよ。うちの父親はそういう患者さん達にも「良いお医者さん」らしく振る舞おうとしたのだと思います。しかし、父親の中にはそういう患者さん達への不満が実は凄まじい勢いで溜まっていっていた。ただし、父親自身はその不満を全く意識できていなかったと思うんですよ。何故なら父親には心を許せる友人が皆無でしたし、親兄弟親戚関係も壊滅していました。もちろん夫婦仲も酷かった。ですから、父親はそのような診療中のストレスを誰かに「愚痴」として喋る事がなかったと思うのです。そして、人の中にあるストレスは、「愚痴」という言語化を経なければ、ただただ感情の重いモヤモヤとして残り続け、蓄積し、腐り、腐臭を放っていきます。また、ストレスを言語化しなければ父親自身がそのストレスを自覚する事もできない。ですから父親自身も患者さん達への溜まりに溜まった不満は自覚出来ていなかったのだと思います。




聞く所によると、そもそもうちの父親は開業以前からそういう人生を歩んできていたらしいのです。話を聞いた所、幼い頃からうちの父親は親兄弟、親類縁者、友達、誰一人として心を許せる人間関係を持っていませんでした。いづれお話ししますが、うちの父親の育った家庭環境は冷え冷えに冷え切っていましたからね。その結果父親は大学在学中に新興宗教風味のオカルト本にハマってしまいます。それにより大学に行く気力を失い、大学を休学。その期間は6年もの長期に渡りました。うちの父親がその間何をやっていたのかと言いますと、ず〜っと下宿の部屋に引きこもり続け、本に書かれていたオリジナルの修行(座禅やら瞑想やら)を一人延々と続けていたと言うのです。自分が父親からこの話を聞いた時かなり驚いた記憶です。「や、闇が深過ぎる、、」、と。



そんな超孤独な人生を送ってきた父親ですから、自分自身(父親)の心の動きにもとんと無自覚で、溜まりに溜まっていく患者さん達への不満に気付く事も無かったと思うんですよ。そして、夜中に患者さんからの電話で起こされ、疲労困憊の身体で往診に向かう父親。その患者さんが普段からわがままを言ったり、無理難題を言ったり、クレームをいったりする厄介な患者さんの場合もあったと思います。そんな時父親の心は無意識的に「こんな時だけ頼りやがって!!」と毒付いていたのでは無いでしょうか。




今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m






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