鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

PRIDEと紙のプロレスの思い出(2003年頃・27歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「 格闘技好きのJ君との思い出(2003年頃・27歳) 」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は自分とJ君がプロレス・格闘技をよく一緒に見に行ってたって話でしたね。当時の自分はPRIDEが大好きでしたから、毎月「紙のプロレス」というプロレス・格闘技雑誌を読んでは情報を仕入れていました。そもそも自分は全日本プロレス新日本プロレスが好きだったのですが、2001年に新日本プロレスでレフェリーをしていたミスター高橋という人がプロレスの内幕を暴く本を書いたんですね。それを読んだ自分は衝撃を受けまして、プロレスに失望してしまいました。詳しい内容は控えますが、「薄々は感づいていたけど、やっぱそうだったんだ、、」という感じ。そこからプロレスを離れ、格闘技の方を見るようになったという経緯がありました。PRIDEには新日本プロレスでお馴染みだった高田延彦藤田和之・ケンドーカシンなどが出場していましたから、馴染み易かったという所もありました。当時自分と同じようにあの本でプロレスに失望してしまった人は多かったと思うんですよ。そういう人達の受け皿となったのが「PRIDE」という格闘技団体だった印象です。




最初に自分がPRIDEを見に行ったのが、2000年のPRIDE15くらいでしたかね〜。横浜アリーナの大会がPRIDE初体験でした。メインイベントは藤田和之vsヒョードルだったような。 試合内容はプロレスとはまた違った緊張感があり、とても面白かったです。また演出や音楽も素晴らしく、そこもすごく見応えがありました。もちろんこの時もJ君と見に行きまして、試合後居酒屋で格闘技談議に花を咲かせました。当時の自分は月1回発売される「紙のプロレス」というプロレス雑誌が大好きで、その内容を隅から隅まで読んでいましたから、それなりにプロレス・格闘技について喋る事ができたんですね。なんというかこの「紙のプロレス」という雑誌は、先程書きました自分がプロレスに対して抱いていた失望感を紙面で言語化してくれていましたから、読むと「よくぞ言ってくれた!」って感じで嬉しい気持ちになったのを覚えています。中でも特に印象に残っているライターがいるのですが、それは現在プロインタビュアーやアイドル評論家として活躍している吉田豪さんです。当時彼はまだ駆け出しのライターだったと思うのですが、紙のプロレス内で彼が書くコラムはずば抜けて面白かった。そうそうその頃の彼は「プロ書評家」を名乗っていましたね。そのコラムの中で彼は色々とプロレスのタブーに迫った本を紹介していまして、自分が当時プロレスに感じていたモヤモヤを上手く言語化して消化してくれました。吉田豪さんはその後プロインタビュアーを名乗り、ラジオに出演したかと思うと、地上波でダウンタウンの番組に出たり、どんどんサブカルチャー界で有名になっていった印象でして、その活躍を見るのは嬉しかったですねぇ。




そんな感じでこの「紙のプロレス」という雑誌自体もアンチプロレスな立場で書かれていた印象です。そしてアンチプロレスのイデオロギーを具現化した「PRIDE」を強く推していました。ですからこの雑誌の影響で自分はPRIDEが好きになったという部分もあったと思います。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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