鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

新しい家の最寄駅を見に行く(2006年8月・30歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「起きている時間はラジオか2ちゃん(2006年7月上旬・30歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、引っ越してから2週間後の自分がどのような生活を送っていたのか、という話でした。自分の心身は「殺人的な疲労感」と「殺人的な眠気」に常に襲われ続けていましたから、ベッドから起きたとしてもそこから1〜2時間もすると疲労困憊状態に陥り、またベッドに戻らざるを得ませんでした。そして、ベッドに入ったら入ったで、致命的なストレスの嵐に巻き込まれ、1時間は眠る事が出来ません。さらに1〜2時間仮眠を取り、意識が戻った後もそこからまぶたが重くて全く開かず、1時間は横になっているしかありません。その間も自分の心は致命的なストレスの嵐に巻き込まれ、耐え難い精神的苦痛を味わい続けるのです。このように自分は「仮眠」を取る事さえ、毎回必死で命懸けでした。そして、仮眠の為に生活の大半の時間を奪われていた記憶です。なんせ仮眠を取るだけなのに、前後に余計な1時間がくっついてくるのですから。ざっくりとした印象ですが、1日24時間のうち18時間はベッドの上で過ごしていたような感じです。そして、前回の記事にも書きましたように、残りの6時間はベッドから起き上がり、「殺人的な疲労感」と「殺人的な眠気」に耐えながら、椅子に座ってラジオを聞いていたり、ガラケーでネットをしたりしていました。あの時の疲労感はホントにエグくて100kgの重りを自分の背中の上に乗せて生活しているようなモノでした。自分の身体はその重さに耐えきれず床にぺちゃんこに潰されてしまっているイメージです。




自分は2006年6月26日に引っ越しをしまして、引っ越しの高揚感が無くなった7月中旬以降は上記のような「鬱の廃人」+「鬱の狂人」生活を送っていました。そして、そこから2週間が過ぎ、暦は2006年8月に入りました。




この頃になると完全に引っ越しの高揚感は消え、ただただ「鬱の廃人」+「鬱の狂人」な生活が続いていました。前述の通り、自分がベッドから起きていわゆる「日常生活」を送れる時間は、1日の中で6時間程しかありません。そしてその6時間も「殺人的な疲労感」と「殺人的な眠気」で意識朦朧とした状態で送っていました。ただ仮眠を取った後には比較的スッキリして動けるような状態の時もたまにはあったんですよ。そう、仮眠を取った後、一時的に「殺人的な疲労感」と「殺人的な眠気」が半減するような時もたまにはありました。そういう時の自分は外出をする気力が出てきまして、この新しい引っ越し先の周りを歩いて探索していました。そして、引っ越してから1ヶ月経った頃、この新しい引っ越し先の「最寄駅」を見に行こうと思ったんですね。そう、以前住んでいた一軒家と引っ越し先の一軒家は原付で15分程の距離にあり、2つは距離的にはそこまで離れていませんでした。ただし、この引っ越しにより最寄駅が変わり、さらに最寄駅の鉄道会社も変わってしまったのです。そう、以前の家の最寄駅は「私鉄沿線」だったのですが、新しい家の最寄駅は「JR沿線」に変わってしまいました。そこで自分は比較的動ける時を見計らってこの新しい家の最寄駅(JR沿線)を見に行ってみたのでした。



今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m






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