鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

空手部の飲み会も嫌過ぎる②(過去編・1998年3月・22歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「空手部の飲み会も嫌過ぎる(過去編・1998年3月・22歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が春合宿で最後の稽古を終えた後の話でした。そう、スケジュール的にはその後民宿に戻り、夕食を食べ、飲み会をしたのだと思いますが、そこら辺の記憶が現在の自分(2021年8月)の中に全く残っていないのです。記憶は残っていないのですが、最後の稽古後の自分の頭の中を想像してみますと、こんな感じです。


①5泊6日の春合宿の凄まじい疲労


②空手部の3年間を「殺されず」に終えれた喜び

③「この3年間は一体何だったんだ、、」という激しい虚脱感


④一刻も早く家に帰りたい。



やはり④の気持ちも強かった感じがします。そう、自分は相変わらず後輩と何を喋れば良いのか、全くわからない状態でしたから、こういう飲み会みたいな「喋る場」が嫌で嫌で仕方なかったのです。そう、この時の飲み会は春合宿を締めくくる飲み会でありましたし、さらに我々3年生が引退する直前の飲み会でもありました。もし、あの時の自分にコミュニケーション能力があったら、この空手部の3年間の思い出話や副主将としての思い出など喋るネタは腐る程あったはずです。しかし、実際には自分の中にこの空手部の3年間の思い出は何も蓄積していないのです。ですからこういう場での自分は内心凄まじく居心地が悪く、「早く飲み会終われ!!!」しか考えていませんでした。もちろん、その気持ちは表には全く出しません。自分はなんとなく周りの話を聞いてる風を装って時間が過ぎるのを待っているのですが、それがホントにキツかったのです。



この「早く飲み会終われ!!!」の気持ち、この気持ちは空手部1年生、2年生の時も全く同じです。そう、当時の自分も先輩達と何を喋って良いのか全く分からなかったですからね。さらに当時の自分にとって「先輩」という存在は「人間サンドバッグという殺人的な練習メニューを強いてくる殺人鬼」だったのです。そんな恐怖の存在との飲み会なんて辛くて辛くて仕方なく、1秒でも早く終わって欲しかったのでした。




そんな感じで自分は空手部3年間において、ご飯や飲みの場所がホントに嫌で嫌で仕方なく、楽しい事などただの一度もありませんでした。もちろん当時の自分は慢性的な疲労感や眠気もエグかったですから、それもあって一刻も早く家に帰りたかったのです。もうホント身体が辛くて辛くて仕方なかったですからね。そう、ですから春合宿の最後の稽古の後の飲み会も辛くて辛くて仕方なく、だからその時の事を全く覚えていないのだと思います。



今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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