鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

大学空手部引退後のなんじゃこれ状態(過去編・1998年3月・22歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「どうして空手部を引退しても鬱が全く回復しなかったのか(過去編・1998年3月・22歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が大学4年生の4月に空手部を引退したものの、鬱の諸症状が良くなる事は一切無かった、という話でした。そして、その理由を考察してみました。あれは我ながら素晴らしい推論だったと思います。そう、やはり自分的にはこの想いが強いですね。


「莫大な精神的苦痛は、脳内に『不可逆な破壊』を起こすのではないだろうか?」


そうでないと、自分が空手部を引退したにも関わらず、一切鬱の諸症状が良くならなかった理由が説明出来ないんですよ。そう、苦しみの元凶である「空手部の恐怖」が生活の中から無くなったにも関わらず、何故に自分の「鬱」は一切回復しなかったのだろう、と。そう、自分は大学空手部において3年間死の恐怖に晒され続けました。そして、それを耐え続けた結果、以下の11個の鬱の諸症状を併発してしまったのです。いつものコピペになります。



「大学空手部時代の11個の鬱の諸症状」


①大学空手部のとある練習メニューが自分には厳し過ぎて、その「殺される」程の恐怖感で夜眠る事が出来ない。(空手部時代の話②)
②食欲の完全消失(大学時代の鬱の諸症状)
③激しいめまい・離人感(〜離人感と冷え性〜)
④酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)
⑤高校時代と比べて3倍酷くなった慢性的な疲労感と眠気。背中の疲労感は余りにも酷く、それは「疲労感」というより「激痛」という方が妥当。例えるなら「背中をドライバーで思い切り刺され続けている感じ」。(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
⑥限定的な難聴(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
⑦自殺願望(〜自殺願望と救い〜)
⑧何が理由かは全く分からないのだけれど、大学にいる時の自分が、身体がいつも疲れ切っていて眠くて仕方なく、いつも泣きそうなくらい悲しい
⑨慢性的な口内炎
10空手部の稽古中の喘息
11空手部のとある練習メニューの恐怖を乗り越えようと、自主練を繰り返すも、翌日の体調が滅茶苦茶に崩れるだけで一向に体力が増える実感を得られない。そのうちに自分の中には「孤独感」「脱力感」「無力感」「虚無感」がどんどん増えていき、これが自殺願望へと繋がっていった。これは「無意識の自傷行為」とも言える。
(大学空手部時代の虚し過ぎる自主練)



おまけ①:空手部の稽古中の様子

『空手部の稽古中の自分は、喘息は苦しいわ、めまいは酷いわ、背中の慢性的な疲労感は酷いわ、眠気は酷いわ、酷い冷え性で鼻水ズルズルだわ、滅茶苦茶でした。自分の意識はこれらの症状に攻撃され続け、その肉体的苦痛で頭が狂いそうでした。その苦痛量は心の許容量をオーバーしていましたから、稽古中にも「離人感」を発症していたのです』
(大学空手部時代の虚し過ぎる自主練)


おまけ②:大学空手部を辞めれなかった理由についてはこちら



コピペ終わり


そして、上記の鬱の諸症状は空手部引退後も全く回復しなかったのです。空手部引退後も食欲は完全消失したままですし、慢性的な疲労感と眠気も相変わらずエグかった。そして、冷え性も酷く、離人感、自殺願望、口内炎も相変わらずです。「⑧常に訳もなく泣きそうなくらい悲しい」も一緒。これには当時の自分も「あれ??空手部を引退したにも関わらず、なんか辛くてたまらないけど、なんじゃこれ???」って感じていた記憶です。今回の記事は、この「なんじゃこれ???」状態について書いてみたいと思います。



ところで、当時の自分がどれくらい自分の健康状態を認識出来ていたのか、という話ですが、上記の11の鬱の諸症状はほとんど認識出来ていません。自分は小学校3年生以降日々の出来事や感情を全く言語化しなくなっていました。(この場合の「言語化」とは、「喋る事」もしくは「書く事」を指しています。)これによって自分は自身の健康状態さえ認識出来なくなっていったのです。空手部引退後の自分が認識出来ていたのは、「③離人感」、「⑧常に訳もなく泣きそうなくらい悲しい」くらいです。まぁカウンセリングを1年間受け続けた事でもう少しは認識できるようになっていたかもしれませんが、全体の情報量から比べると些細なものだったと思います。ちょっと話を1年前に戻したいと思います。自分が大学3年生の4月にカウンセリングを受け始めた頃の話です。あの時の自分もほとんど自分の鬱の諸症状を認識出来ていませんでした。ただし、下記の3つだけは認識出来ていたのです。



❶自分が大学内で完全孤立している事


❷何が理由かは全く分からないのだけれど、大学にいる時の自分が、身体がいつも疲れ切っていて眠くて仕方なく、いつも泣きそうなくらい悲しい事


離人



そう、この3つだけはうすらぼんやりと認識出来ていました。ですから、自分はカウンセリングの初回に❷の悲しみに襲われ、1時間号泣し続け、全く喋る事が出来なかったのです。そして、ここから自分はカウンセリングを受けながら必死に必死に空手部の恐怖に1年間耐え、ようやく空手部の引退の日を迎えました。これでようやく3年間続いた空手部の恐怖は無くなったのです。(正確には2年半)自分は、これで先程の❷の状態が良くなる事を期待したと思うんですよ。そう、


❷何が理由かは全く分からないのだけれど、大学にいる時の自分が、身体がいつも疲れ切っていて眠くて仕方なく、いつも泣きそうなくらい悲しい事


です。ところが、空手部を引退した後も❷の状態は全く変わりませんでした。そう、空手部引退後も身体はいつも疲れ切っていて眠くて仕方なかったですし、いつも泣きそうなくらい悲しかったのです。もちろん、空手部を引退した事で開放感や安堵感はかなり発生していました。そして、眠りの質や時間も多少向上したとは思います。ところが、それらのポジティブ要素が、❷の状態を改善させる事は全くなかったのです。これには当時の自分もビビった記憶があります。「えっ?なんで空手部を引退したにも関わらず、相変わらず身体は辛くて仕方ないし、相変わらず泣きそうなくらい悲しいの??なんじゃこれ???」、と。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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