鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

折角カウンセリングを受けているのに、その時最も辛い事が喋れていなかった(過去編・1998年11月・22歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「背中をナイフで刺され続けているような疲労感(過去編・1998年11月・22歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が幼い頃から感じていた背中の慢性的な疲労感がどのようにして悪化していったのか、まとめてみました。自分は幼い頃から喘息に苦しんでおり、その影響で背中に慢性的な疲労感を感じていました。幼い頃のそれはうすらぼんやりとしたものだった記憶です。そして、自分が小学校3年生の時の喘息は急激に悪化し、それに伴い背中の慢性的な疲労感も悪化しました。さらに自分は中学時代に携帯ゲーム機に熱中しました。それは「ゲーム依存症」と呼べる程の熱中だったのです。この激しい熱中で背中の疲労感はさらに悪化していきました。この頃には疲労感は「痛み」に変化していた記憶です。高校時代に入ると自分は暴言事件を起こし、その影響でさらに喘息が悪化させました。もちろん背中の痛みも悪化です。そして、極め付けが大学時代です。自分は大学で空手部に入部したのですが、とある練習メニューに恐怖を感じ、夜眠れなくなってしまったのです。今度は恐怖による睡眠不足で背中の疲労感が悪化しました。この頃になると背中の慢性的な疲労感は、「背中をナイフで刺され続けている感じ」にまで激化していました。



そして、背中の疲労感の悪化のもう一つの原因として「トレーニング」も挙げられます。そう、高校、大学時代の自分は「体力を付けたい」と切実に願い、必死にトレーニングを続けました。しかし、全く体力が付いた実感を得られなかったのです。トレーニング翌日に体調を崩すばかりで全く実感を得られませんでした。ちなみに大学空手部時代の自主練の内容は、ランニング、坂道ダッシュ、縄跳び、筋トレなどで、1時間程度。頻度は通常は週1回、夏休み・春休みは週3回。そして、自主練翌日の自分の体調は以下の通りです。



『自主練の翌日の体調は、昨日の疲労感がエグく残っており、身体はとてもダル重く、冷え性も酷くて真夏でも鼻水がズルズルでした。もちろん食欲なんて当然ありませんし、背中の疲労感も滅茶苦茶です。背中をナイフで刺され続けているような痛みでしたからね。こんな状態で体力が付いたという実感を得られる訳がありません。』



しかし、自分の中には「トレーニング=体力が付く=良い事」という強い思い込みがありました。一般的にもこの図式はよく言われると思いますが、自分もその「一般」の範疇に入っていると思っているのです。ですから、このような事態になってもトレーニングを一切辞められませんでした。というか、当時の自分はトレーニングによって全く体力が付いていない事にすら気付いていないのです。まさかトレーニングによって逆に自分の心身が衰弱していってるとは夢にも思っていません。こうして自分はトレーニングをすればする程、「脱力感」「無力感」「虚無感」がどんどん増えていき、さらに心身は衰弱していきました。当然背中の疲労感もさらに激化です。




さて、そんな自分は大学3年生の時に大学生活に行き詰まり、大学内のカウンセリングセンターに通い始めました。自分はそこで2年間に渡り、自分の感じている辛さを少しずつ喋り始めました。ただし、これまで書いてきましたこの「背中の疲労感」、これについてカウンセリングで喋った記憶は一切ありません。そう、大学空手部時代の背中の慢性的な疲労感は、「背中をナイフで刺され続けている」ような激痛です。自分は空手部の3年間で鬱を3倍に悪化させ、11個の鬱の諸症状を併発していました。その諸症状の中でもこの背中の慢性的な疲労感はトップクラスの辛さを誇っていたのです。トップクラスどころか、1位だったかもしれません。そう、自分の大学生活は常にこの激痛と共にあり、自分の精神はその苦痛で常に意識朦朧としていたのです。それにも関わらず自分はカウンセリングでこの事に触れる事は一切出来なかったのです。




そう、現在の自分(2021年9月)は、このブログにおいて最近の3記事くらいを幼い頃からの背中の疲労感の悪化について割いています。しかし、当時の自分はこの経緯も一切認識していません。自分が背中の疲労感を認識したのは、28歳で部屋に引きこもってノートを書いている時なのです。それまでは全くこの背中の疲労感について違和感や疑問を感じる事など一切ありませんでした。そう、ですから自分は大学生活において「背中の激痛」にホントに苦しんでいたのですが、その辛さについて自分はカウンセリングで喋る事が全く出来ていなかったのです。なるほど〜。なんかまた書いてて悲しくなってきました。つまり、自分はカウンセリングにおいてホントに自分が辛く感じていた事は何一つ喋れていなかった、という事になります。う〜ん、これは悲しい。




これまで書いていますように、自分はカウンセリングにおいて、自分の大学内の人間関係については喋って来ています。そう、最初に喋ったのは「自分が空手部で副主将に就いたものの、全く副主将らしく振る舞えない」、です。その後も自分が大学内でいかに孤立しているかを喋っていきました。そう、ここら辺の人間関係の孤立に関しては、当時の自分でも認識出来ていましたし、もちろんそれは辛い事ではありました。しかし、当時の自分の辛さのメインは背中の激痛だったんですよ。しかし、自分はそのメインの辛さを全くカウンセリングで喋れていなかった、という事になります。そして、空手部時代の自分は11個の鬱の諸症状を併発していまして、背中の疲労感はその中の一つです。ですから、自分はこの11個のほとんどをカウンセラーの先生に喋る事が出来ていなかった、という事になります。う〜ん、これも悲しい。ではここで11個の鬱の諸症状のコピペを貼りたいと思います。


「大学空手部時代の11個の鬱の諸症状」


①大学空手部のとある練習メニューが自分には厳し過ぎて、その「殺される」程の恐怖感で夜眠る事が出来ない。(空手部時代の話②)
②食欲の完全消失(大学時代の鬱の諸症状)
③激しいめまい・離人感(〜離人感と冷え性〜)
④酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)
⑤高校時代と比べて3倍酷くなった慢性的な疲労感と眠気。背中の疲労感は余りにも酷く、それは「疲労感」というより「激痛」という方が妥当。例えるなら「背中をナイフで思い切り刺され続けている感じ」。(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
⑥限定的な難聴(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
⑦自殺願望(〜自殺願望と救い〜)
⑧何が理由かは全く分からないのだけれど、大学にいる時の自分が、身体がいつも疲れ切っていて眠くて仕方なく、いつも泣きそうなくらい悲しい
⑨慢性的な口内炎
10空手部の稽古中の喘息
11空手部のとある練習メニューの恐怖を乗り越えようと、自主練を繰り返すも、翌日の体調が滅茶苦茶に崩れるだけで一向に体力が増える実感を得られない。そのうちに自分の中には「孤独感」「脱力感」「無力感」「虚無感」がどんどん増えていき、これが自殺願望へと繋がっていった。これは「無意識の自傷行為」とも言える。
(大学空手部時代の虚し過ぎる自主練)



おまけ①:空手部の稽古中の様子

『空手部の稽古中の自分は、喘息は苦しいわ、めまいは酷いわ、背中の慢性的な疲労感は酷いわ、眠気は酷いわ、酷い冷え性で鼻水ズルズルだわ、滅茶苦茶でした。自分の意識はこれらの症状に攻撃され続け、その肉体的苦痛で頭が狂いそうでした。その苦痛量は心の許容量をオーバーしていましたから、稽古中にも「離人感」を発症していたのです』
(大学空手部時代の虚し過ぎる自主練)


おまけ②:大学空手部を辞めれなかった理由についてはこちら


おまけ③:自主練翌日の体調

『自主練の翌日の体調は、昨日の疲労感がエグく残っており、身体はとてもダル重く、冷え性も酷くて真夏でも鼻水がズルズルだったのです。もちろん食欲なんて当然ありませんし、背中の疲労感も滅茶苦茶です。背中をナイフで刺され続けているような痛みでしたからね。こんな状態で体力が付いたという実感を得られる訳がありません。』




当時の自分はこ 上記の11個+おまけの3個をほとんど認識出来ていません。認識出来ていませんから、カウンセリングでも一切喋っていません。この中で当時の自分が辛うじて認識出来ていたのは、


③激しいめまい・離人


⑧何が理由かは全く分からないのだけれど、大学にいる時の自分が、身体がいつも疲れ切っていて眠くて仕方なく、いつも泣きそうなくらい悲しい



です。ただこれらについても自分はほとんど喋れていなかったと思います。だって⑧に関しては「何が理由かは全く分からない」のですからね。これじゃ話を深めようがありません。そして、③の離人感に関しても、当時の自分はその原因がさっぱり分かっていませんでしたから、ほとんど喋れなかったと思います。




そう、ですから当時の自分は11個の鬱の諸症状に苦しみまくっていたにも関わらず、その苦しさをカウンセラーの先生に聞いて貰う事が全く出来ていなかったのです。そう、その辛さをS先生と共有する事がまるで出来ていなかった。う〜ん、これは悲しい。もちろん、自分は人間関係の孤立に関してはカウンセリングで喋っており、これはそれまでの自分の人生を考えると革命的な進歩ではありました。しかし、人間関係の辛さは、11個の鬱の諸症状の辛さに比べると表層的な辛さでしたからね。それに比べると、背中の激痛は直接的な肉体的苦痛であり、自分の意識は常にその激しい肉体的苦痛に悲鳴を上げ続けていたのです。ですから、当時の自分は自分が最も辛く思っていた事をカウンセリングで全く表現出来ていなかった、という事になります。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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