鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

背中をナイフで刺され続けているような疲労感(過去編・1998年11月・22歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「日々の生活を全く言語化していないので、体調の悪化にも気付けない(過去編・1998年11月・22歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、高校時代の自分が鬱を発症したものの、その諸症状を全く認識出来ていなかった、という話でした。その4つの諸症状は以下の通りになります


「高校時代の4つの鬱の諸症状」


①食欲の完全消失

②日曜夜ごとの激しい喘息

③慢性的な背中の疲労感と眠気

④学校生活中の激しいめまい



前回の記事に書きました通り、当時の自分はこの4つを全く認識出来ていません。ただし、当時の自分でも認識出来ていた事が3つありました。それは以下の通りです。



「高校時代の自分が辛うじて認識出来ていた3つの事」


①何故だか分からないけど、自分が周りのクラスメートや部活の人と全くコミュニケーションを取れなくなっている。異性はおろか同性とすらコミュニケーション出来ない。


②何故だか分からないけど、自分が対人関係における自信を完全消失している。


③何故だか分からないけど、高校生活がなんかずっと身体が疲れていて辛く、なんかずっと悲しい。



そう、高校3年生になった自分はそれまでの高校生活を酷く虚しいものに感じていました。楽しい思い出など一つもない高校生活でしたからね。そこでこの悲劇を2度と繰り返したくないと思ったのです。来るべき大学生活こそは充実したものにしたいと思いました。それには「自分を変える」しかないと思いました。そこで自分はこれまで喘息で避けていた運動系の部活に挑戦してみる事にしたのです。そう、運動して体力を付けて、自分に自信が付けば、コミュニケーション能力が改善するのではないかと考えました。当時の自分の中には「運動=体力を付ける=良い事」という思い込みがありました。また、小、中、高のクラスにおいて、クラスを仕切っていたり、人気者だったのはスポーツ系のクラスメートだったのです。ですから、彼らと同じようにスポーツをすれば、自分も彼らに近付けるような気もしたのです。




自分は受験勉強を頑張り、目指す大学に合格しました。そして、大学入学後空手部に入部したのです。運動系の部活の中で空手部を選んだのは、当時の自分がプロレスや格闘技が好きだったからです。さて、空手部入部後の事はこれまで散々書いてきていますので、細かい話は割愛します。しかし、とあるトピックに関してだけは書いてみたい感じです。とりあえずは、いつものコピペを貼りたいと思います。自分は空手部に入部したものの、とある練習メニューの恐怖で夜眠れなくなり、鬱が3倍に悪化してしまいました。以下その11の諸症状になります。


「大学空手部時代の11個の鬱の諸症状」


①大学空手部のとある練習メニューが自分には厳し過ぎて、その「殺される」程の恐怖感で夜眠る事が出来ない。(空手部時代の話②)
②食欲の完全消失(大学時代の鬱の諸症状)
③激しいめまい・離人感(〜離人感と冷え性〜)
④酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)
⑤高校時代と比べて3倍酷くなった慢性的な疲労感と眠気。背中の疲労感は余りにも酷く、それは「疲労感」というより「激痛」という方が妥当。例えるなら「背中をナイフで思い切り刺され続けている感じ」。(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
⑥限定的な難聴(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
⑦自殺願望(〜自殺願望と救い〜)
⑧何が理由かは全く分からないのだけれど、大学にいる時の自分が、身体がいつも疲れ切っていて眠くて仕方なく、いつも泣きそうなくらい悲しい
⑨慢性的な口内炎
10空手部の稽古中の喘息
11空手部のとある練習メニューの恐怖を乗り越えようと、自主練を繰り返すも、翌日の体調が滅茶苦茶に崩れるだけで一向に体力が増える実感を得られない。そのうちに自分の中には「孤独感」「脱力感」「無力感」「虚無感」がどんどん増えていき、これが自殺願望へと繋がっていった。これは「無意識の自傷行為」とも言える。
(大学空手部時代の虚し過ぎる自主練)



おまけ①:空手部の稽古中の様子

『空手部の稽古中の自分は、喘息は苦しいわ、めまいは酷いわ、背中の慢性的な疲労感は酷いわ、眠気は酷いわ、酷い冷え性で鼻水ズルズルだわ、滅茶苦茶でした。自分の意識はこれらの症状に攻撃され続け、その肉体的苦痛で頭が狂いそうでした。その苦痛量は心の許容量をオーバーしていましたから、稽古中にも「離人感」を発症していたのです』
(大学空手部時代の虚し過ぎる自主練)


おまけ②:大学空手部を辞めれなかった理由についてはこちら


おまけ③:自主練翌日の体調

『自主練の翌日の体調は、昨日の疲労感がエグく残っており、身体はとてもダル重く、冷え性も酷くて真夏でも鼻水がズルズルだったのです。もちろん食欲なんて当然ありませんし、背中の疲労感も滅茶苦茶です。背中をナイフで刺され続けているような痛みでしたからね。こんな状態で体力が付いたという実感を得られる訳がありません。』



さて、この中でピックアップしたいのは、



⑤高校時代と比べて3倍酷くなった慢性的な疲労感と眠気。背中の疲労感は余りにも酷く、それは「疲労感」というより「激痛」という方が妥当。例えるなら「背中をナイフで思い切り刺され続けている感じ」。(〜慢性的な疲労感と眠気〜)



です。この背中の疲労感は幼い頃からすでにあったものですが、これがどのように悪化していったのか、まとめてみたいと思います。そう、自分は幼い頃から喘息由来の背中の疲労感に苦しんできました。幼い頃のそれはぼんやりとした疲労感だった印象です。しかし、自分は小学校3年生の時に喘息が急激に悪化しました。それと共にその疲労感も悪化した印象です。そして、中学時代にはゲームボーイのやり過ぎで、その疲労感は「痛み」に変化していました。高校時代に入るとさらに喘息は悪化しましたから、背中の痛みもさらに悪化です。自分の高校生活は常に背中にけっこうな痛みを感じながらの3年間でした。そして、大学空手部時代。自分はとある練習メニューが恐ろしくてしかなくなってしまい、夜全然眠れなくなってしまいました。自分は慢性的な睡眠不足状態に陥りまして、当然背中の痛みも激化です。そう、自分は日々の大学生活を「背中をナイフで思い切り刺され続けている」痛みと共に送る事となったのです。



ここまでの流れでは触れてきませんでしたが、「トレーニング」が背中の疲労感の悪化に与えた影響も大きいと思います。以前の記事でお話しました、トレーニングという名の「無意識の自傷行為」です。別名「悪魔のからくり」。これにあてはまるのは、「高校時代の自転車通学」、「大学時代の自主練」です。高校・大学時代の自分の中には「トレーニング=体力を付ける=良い事」という思い込みが強くありました。まぁ一般的にもこの図式は言われていると思います。そして、この図式を信じて自分はトレーニングを繰り返すのですが、翌日に体調を崩すばかりで、全く体力が付いたという実感が得られないのです。上記のおまけ③のように体調を崩すばかり。トレーニングをすればする程、自分の中には「脱力感」「無力感」「虚無感」がどんどん大きくなっていき、心身はさらに衰弱していきました。この不毛過ぎるトレーニングにより、背中の慢性的な疲労感が悪化していった、という流れも大きかったと思います。そして、この不毛過ぎるトレーニングは、大学空手部引退後も続く事となったのです。それはつまり背中の慢性的な激痛も続く事を意味していました。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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