鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

スイミングスクールで離人感発症(過去編・1985年・9歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「 小学校3年生「以前」のメンタル状況(過去編・1985年・9歳) 」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分の小学校3年生「以前」のメンタル状態を考えてみました。そして、「以前」と「以降」のメンタル状態についてまとめてみました。まとめたものは以下の通りになります。



小学校3年生「以前」の自分のメンタル状態→自信と不安を差し引きするとプラスマイナスゼロ。


小学校3年生「以降」の自分のメンタル状態→自信と不安を差し引きすると、けっこうなマイナス状態。



そして、小学校3年生「以降」の自分のメンタル状態は以下の通りになります。



小学校3年生「以降」の自分が多少自信を持っていたもの→学校の勉強



小学校3年生「以降」の自分が不安感を感じていたもの→家庭内における自分の存在のかなりの不安定さ、喘息のせいでスポーツが全く出来ない、背中の慢性的な疲労感、喘息の苦しさ




そういえば自分は小学校3年生、小学校4年生の時にスイミングスクールに通っていたのですが、その時に「離人感」を発症させていました。今回の記事はこの「離人感」について書いていきます。「離人感」とは、余りにも現実世界が辛い時に、本能的に視界に半透明な幕がかかり、現実感が半減してしまう精神疾患です。そう、現実感覚が薄れ、半分他人事の感覚に陥ってしまうのです。(離人感のwikiこちら)



当時の自分は、一晩中喘息で眠る事が出来ず、「睡眠不足」と「背中の慢性的な疲労感」を発生させていました。喘息を発症すると、呼吸が吸えなくなりますから、呼吸を吸う為に必死になって背中を動かし続け、背中を酷使するのです。基本喘息を発症した夜は、翌日小学校を休んでいましたが、たまには頑張って小学校に行く事もありました。すると、睡眠不足と背中の疲労感とでけっこう辛い状態で学校生活を送る事になったのです。そして、日によっては学校が終わった後さらにスイミングスクールに行く日もありました。自分が離人感を発症していたのはまさにこういう日です。スイミングスクールに着くとと、自分の意識は睡眠不足と背中の疲労感とで朦朧としています。そう、自分は学校生活を1日送る中で、さらに睡眠不足と背中の疲労感が激化している状態でした。つまり、自分はスイミングをする前から疲労困憊状態にありました。この状態からさらにスイミングという激しい疲労感を伴うスポーツをやらねばならないのです。スイミング前の自分の気持ちは「絶望感」に満ち溢れていました。



そして、ここからスイミングスクールが始まります。自分はさらにスイミングで身体を酷使します。疲労というさらなる肉体的苦痛が自分を襲ってくるのです。こうなると、肉体的苦痛が自分の脳の許容量を超えてしまっていた感じです。数式にするとこんな感じ。


睡眠不足+喘息による背中の疲労感+スイミングの疲労感>脳の許容量


この状態になると、自分の脳が本能的に「このままだと脳が壊れる!!」と勝手に判断し、自分の視界に半透明な幕を下ろしてしまうんですよ。そうしますと自分の現実感覚が半減し、頭の中がさらに「ボー」っとします。そして、半分他人事みたいな感覚に陥ります。これが「離人感」です。これにより、自分が感じていた眠気や疲労感の感覚は多少減っていましたが、そもそもこの「離人感」自体がすごく気持ち悪い感覚なんですよ。自分という存在がすごく「不安定」で「孤独」で「冷たい」感覚。自分一人だけが「金魚鉢」の中の世界にいる感じです。冷たい水の中で「鉢」越しに見る外の世界は、ぼんやりとして歪んで見えます。ですから、離人感発症後もトータルでの辛さはそんなに変わらなかった記憶です。自分はこの離人感に陥りながらもなんとか必死にそれに耐え、なんとかスイミングの授業をこなしていきました。




結局自分はスイミングスクールに2年間通ったのですが、こんな感じの離人感をちょくちょく発症させていた記憶です。う〜ん、離人感をちょくちょく発症させている小学生のメンタルヘルスがまともなはずがありません。




ちなみに自分がこの離人感の苦しさを親に訴える事は全くありませんでした。自分は幼い頃から喘息の苦しさや背中の疲労感を全く自己表現せずに育ってきましたから、これらの苦しさが「日常」で「当たり前」になっていました。よってその延長線上にあった「離人感」に対しても何の違和感を持つ事が無かったのです。小学校3年生の自分には、ただただその苦しさを受け入れるしか道はありませんでした。





今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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