鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間鬱と闘病した45歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。引きこもり歴15年、就職経験無し、彼女いない歴45年。skipper1242でツイッターもやってます。

尿管結石発症の発端は被害妄想(過去編・2003年10月・27歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表&鬱悪化のフローチャートも併せてどうぞ。では、前回の記事「現実社会でも家庭内でも孤立(過去編・2003年7月・27歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分の人生が1度目の終局を迎えつつあった、という話でした。この頃の自分は2つ目の大学の復学にも失敗し、さらに再起をかけた古本屋バイトからも脱落しつつありました。(2003年9月頃・27歳)この古本屋バイトを脱落したら後は引きこもるしかありません。そして、同時期に家族内の人間関係からも脱落していったのです。つまり自分は全ての人間関係から完全孤立しつつあった、という事になります。ちなみに当時の自分は「鬱の廃人」状態にあり、以下の10個の鬱の諸症状を発症している状態でもありました。いつものコピペになります。


「大学空手部引退後の10個の鬱の諸症状」


①空手部を引退後、『翌日の空手部の稽古が恐ろしくて眠れない』という状況は無くなった。しかし、空手部の3年間で受けた精神的ダメージは少なくとも「中指の拷問」2回分。これにより脳の一部が破壊された感がある。よって、空手部引退後も破壊された脳は元に戻らず、睡眠の不安定さはそのまま残った。(中指の拷問の詳細はこちら。記事の前半は読み飛ばして下さい。「そんな日々が3日程続いた後、、」という段落から始まります。)

②食欲の完全消失(大学時代の鬱の諸症状)

③酷いめまいと離人感(〜離人感と冷え性〜)

④酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)

⑤高校時代と比べて3倍酷くなった慢性的な疲労感と眠気。背中の疲労感は余りにも酷く、それは「疲労感」というより「激痛」という方が妥当。例えるなら「背中をナイフで刺され続けている感じ」。(〜慢性的な疲労感と眠気〜)

⑥自殺願望の頻発(〜自殺願望と救い〜)

⑦何が理由かは全く分からないのだけれど、大学にいる時の自分は、身体がいつも疲れ切っていて眠くて仕方なく、いつも泣きそうなくらい悲しい

⑧慢性的な口内炎

⑨自分は大学空手部の3年間でさらに「自分に対する自信」をさらに3倍失っていた。そして、自分の頭の中には依然として「トレーニング=体力が付く=自信が付く」という図式が色濃く残っており、この図式が自分にも当てはまると相変わらず信じていた。そこで、空手部を引退し、人間サンドバッグの恐怖が無くなったにも関わらず、「自分に対する自信」を回復させる為に自主練をを続けてしまった。(トレーニングの内容は、ランニング、坂道ダッシュ、縄跳び、筋トレなどで、1時間程度のトレーニング。頻度は週3回。)


しかし、空手部の頃と同様にトレーニングを積み重ねても一向に体力が増える実感が得られない。トレーニング翌日に体調が滅茶苦茶に崩れるだけ。翌日目が覚めると自分の身体はとても重くてダルく、身体は冷え切っていて、鼻水はダラダラ。食欲は当然全く無く、背中の疲労感は疲労感というより激痛。故にトレーニングすればする程、自分の中にはさらに「孤独感」「脱力感」「無力感」「虚無感」が増えていき、これが更なる自殺願望へと繋がっていった。そして当時の自分はトレーニングをすればする程心身が衰弱していく悪魔のからくりに全く気付いていない。体調が少し回復すると、またトレーニングをしてしまう。このトレーニング行為は「無意識的な全力の自傷行為」とも言える。

10 大学空手部の3年間で「自分に対する自信」がさらに3倍失われた事で、「被害妄想」もさらに3倍悪化。自分は大学生活の中で何をしていても全く自信が持てず、常に他人の視線を気にし、病的(×3倍)に「ビクビク」「オドオド」している状態。もはや自分にとって「自分という存在の価値」は、髪の毛一本より軽くなっている感じで、いつ他人から軽んじられ、無根拠に攻撃されても全くおかしくないような、そんな凄まじい緊張感の中で日々を送る羽目に。こんな状態では、完全に社会生活は不可能。


おまけ:サークル活動を始めとする様々なモノに挑戦している時の自分の体調


『こんな状態(鬱の廃人状態)じゃどこ行ったって、グダグダです。どこ行っても、「背中をナイフで思い切り刺され続けている感じ」の激痛が自分を襲ってくるのですから。加えて、冷え性も酷くて鼻水ダラダラ、めまいも頻発です。自分の意識の95%はそれらの精神的・肉体的苦痛に占領されており、集中力や意欲の欠片もありません。この状態は特に上記⑨のトレーニングの翌日が酷かった記憶です。』



上記にありますように、大学にいる時の自分は、背中の慢性的な激痛を始めとする肉体的な苦痛が辛くて仕方がありませんでしたし、病的(×3倍)な被害妄想を発症している状態でもありました。こんな状態では大学生活など到底無理な状態です。そして、再起をかけた古本屋バイトも上記の鬱の諸症状の前では厳しくなっていました。バイト中の自分は上記の肉体的苦痛の数々に襲われ、意識朦朧としていたのです。



この古本屋バイトは仕事量がかなり少ないバイトでして、レジ前に立っているだけでもOKなバイトでした。そしてお客さんのいない時間は漫画読み放題。しかし、こんなバイトですら自分にとっては厳しくなっていたのです。そう、バイト中の自分はめまいも酷く、お店の通路を歩くだけでも頭の中がグラングランに揺れていた記憶もあります。冷え性も酷く、真夏でもエアコンを付けずに営業していましたからね。加えて、バイト仲間の人間関係からも脱落しかけていました。



自分はこのようなどん詰まりな状態で生活していたのですが、長年の肉体的、精神的ストレスが祟ったのでしょう。2003年10月に尿管結石を発症し、病院に担ぎ込まれる事となりました。この「尿管結石事件」に関してはこれまでこのブログで何度も書いてきていますが、今回は「被害妄想」という切り口で書いてみたいと思います。この事件は「被害妄想」が発端となっているのです。



では事件の発端を書いて行こうと思います。ある日自分が妹と喧嘩をしたんですね。喧嘩のきっかけは、妹が出す「ドア音」です。自分の部屋と妹の部屋は隣合っていたのですが、妹の出す「ドアの音」で自分が寝ている所を起こされてしまう事態が起こっていたのです。妹との関係が良好な頃は、別にそれに対してムカつく事は無かったのですが、自分は大学復学に失敗して以降、自分は妹に対してかなりの劣等感と憎しみを募らせて行く事となりました。この妹へのかなり劣等感と憎しみが、ドア音へのムカつきの一因になった事は間違いありません。



また、この時の自分の体調は「鬱の廃人」状態に陥っており、睡眠を取っても取っても疲労感が全く取れない状態になっていました。そして、その状態は2つ目の大学の復学に失敗以降さらに酷くなっていったのです。そして、慢性的な疲労感が酷くなればなる程、自分の中で「睡眠」への欲求は度を超えて激しくなっていきました。だって睡眠を取っても取っても、疲労感が全く回復しないのです。いくら睡眠をとっても睡眠が全く足りません。これにより睡眠を取る事に対する欲求が底無しになっていきました。



そうなってきますと、自分は妹の出すドア音で寝ている所を起こされる事が我慢できなくなっていったのです。そう、この頃の自分は病的(×3倍)な被害妄想を発症している状態でもありました。上記の鬱の諸症状の「被害妄想」の項目から抜粋します。


もはや自分にとって「自分という存在の価値」は、髪の毛一本より軽くなっている感覚で、いつ他人から軽んじられ、無根拠に攻撃されても全くおかしくないような、そんな凄まじい緊張感の中で日々を送る羽目に。


このような状態で自分は大切な大切な睡眠を妨害されたのです。これは病的(×3倍)な被害妄想を発症していた自分にとって「自分が激しく攻撃された」と同じ意味合いでした。もっと言いますと、「自分の生命が激しく傷付けられた」と同じ意味合いです。ですから自分は妹に対して激しい憎しみを感じ、この事で何度か激しく抗議しました。しかし、その後もドア音で起こされる日々が続き、ある日自分は起こされた後、妹の部屋に行き、ブチ切れて怒鳴りました。


「静かにしろっつってんだろ!!!」


と。そして、それに対して妹も反論してきまして、そこで15分くらいの激しい口論となったのです。そして、15分くらい経つと自分はエネルギーを使い切ってヘロヘロになりまして、自分の部屋に帰ってきました。しばらくすると妹が外出する音が聞こえました。その音を聞いた直後から自分の中に激しい被害妄想が発生したのです。その被害妄想とは、


「さっきの喧嘩で怒った妹が、彼氏を連れてきて戻ってきて、その彼氏に自分はボコボコにされるのではないか??」


です。



今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!



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