鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

何故母親と喋るという選択肢が出現したのか(2007年10月・32歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「 首吊りor母親と喋る(2007年10月・32歳) 」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分がどえらい選択肢を思い付いた、という話でした。その選択肢とは「犬の吠え声で苦しくて堪らない気持ちを母親に理解させる為に、自分のこれまでの32年間の歴史を全て母親に喋ってみる」、です。今回の記事も改めてこの選択肢について考えてみようと思います。そう、自分は犬の吠え声に苦しみ続け、幻聴が聞こえる程肉体的・精神的に追い込まれていました。いよいよ自分の正気が失われるギリギリの所まで追い込まれてしまったのです。そうなると当然自分の中には「首吊り」という選択肢が現れます。自分にとってこの選択肢は日常的な選択肢の一つになっていましたからね。自分は自問自答を繰り返します。「この最終安全装置を利用する前に、やり残した事は残っていないのだろうか???」、と。そこで出て来た選択肢が、「犬の吠え声で苦しくて堪らない気持ちを母親に理解させる為に、自分のこれまでの32年間の歴史を全て母親に喋ってみる」です。しかし、こんな選択肢は本来なら絶対的にあり得ない選択肢です。何故なら自分は母親に対して「殺しても殺し足りない」以上の憎悪を感じていました。コミュニケーションを取るどころか、家の中ですれ違うだけでも発狂していました。(何故自分がこのような憎しみを抱くに至ったのかは、こちらの記事をお読み下さい。「何故両親に対して「殺しても殺し足りない」程の憎悪を抱くに至ったのか(2006年8月頃・30歳)」)しかもそんな相手に自分の孤独と挫折しかない恥まみれの32年間を喋ろうと言うのです。こんなのは自分にとって3重の意味での拷問でした。この選択肢を選べば、想像不能な程のストレスの嵐に襲われる事でしょう。自分はこの家族によってすでに2度殺されたも同然でしたが、さらにもう1度殺されるようなものです。




しかし、一方ではこの選択肢は筋が通っている部分もあったのです。前回記事からの引用になります。



『しかし、一方ではこの選択肢は筋が通っている部分もあったのです。何故なら自分はこの両親が作った家庭環境によって2度以上殺されたも同然でしたからね。ですから、その半分の責任を負っている母親にこれまでの人生における恨みつらみを全てぶつけるというのはある意味理にかなっている、という面もありました。ただし、そうは言っても相手は「殺しても殺し足りない」以上に憎い人間です。その人間とコンタクトを取り、自分の恥まみれの人生を全て喋るなんて、これはさらにもう1回精神的に殺されるようなものです。これはどえらい選択肢を思い付いてしまいました。まとめますとこういう2択になります。


・首を吊って、肉体的・精神的に死ぬか。


・母親に全てを喋ってさらにもう1回精神的に殺されるか。』



引用終わり



という事なんですよねぇ。まぁとうとう来る所まで来たなぁという感じです。とにかく幻聴が聞こえ始めている以上、自分の正気が失われるギリギリまで来ている事は確かです。となると、当然「首吊り」という選択肢が自分の中に出現します。振り返ってみますと、自分は大学生時代から「首吊り願望」だけを心の支えにして生きて来ていました。自分は孤独感と恐怖しかない人生を送っていましたから、それしか心の救いが無かったのです。この「首吊り願望」は引っ越しと東○荘事件が原因で「首吊り企図」に変わり、その9ヶ月後には「花粉症発症→ぎっくり腰事件(中指の拷問)」も起こりました。さらにその7ヶ月後に犬の吠え声出現です。この頃には精神的苦痛の蓄積が果てしないものになっていましたから、そりゃ幻聴だって聞こえるってものです。そして、幻聴が聞こえる=正気を失いつつある、という事です。いよいよ自分が想定していた「首吊り」を実行する為の条件が満たされつつありました。そう、自分は10年以上に渡って常に「首吊り」だけを心の支えにして生きてきましたが、この「犬の吠え声」出現時が一番首吊りの実行確率が高かったと思います。



ですから自分はこの首吊りの実行確率が過去イチ高くなっている状況で、「この最終安全装置(首吊り)を利用する前に、やり残した事は残っていないのだろうか???」と、自問自答を繰り返したのです。そこで出て来たのが、「犬の吠え声で苦しくて堪らない気持ちを母親に理解させる為に、自分のこれまでの32年間の歴史を全て母親に喋ってみる」です。これはどえらい選択肢でした。なんというか、首吊りの実行確率が過去イチ高くなっているからこそ出て来た選択肢、という感じです。この記事を書いている現在の自分(2021年7月)的には、どうしてあの時あのような選択肢が出て来たのか、とても不思議なんですよ。想像してみますと、「どうせ死ぬなら、これまで考えもしなかった事を考えてやろう」的な感じですかね。




ただこの選択肢が出て来るにあたっての伏線は一つあったな、とは思います。それは自分が1年2ヶ月前から母親から生活費を補償されていた、という流れです。そう、その頃から自分は母親から毎月6万を受け取り続けていました。もちろん自分にとってはこのようなコンタクトですら苦痛で仕方なかったですから、母親からお金を受け取る際は「生活費」の一言のみで終わらせていました。自分と母親はこのような極小のコミュニケーションを毎月繰り返し続け、すでに14ヶ月が過ぎていたのです。そこで自分の中に母親に対する信頼感が僅かずつですが、積み重なっていた感じがあったんですね。そう、働かずとも6万を得られるという状況への安心感が積み重なっていたように思います。もちろんそれによって母親に対する「殺しても殺し足りない」以上の憎悪が弱くなる事は一切ありませんでした。しかしそれでも少ないながらも自分の中に母親に対する信頼感が蓄積していたのも事実です。それが「犬の吠え声の苦しみを理解させる為に母親に自分のこれまでの31年間の歴史を全て喋ってみる。」という選択肢出現の一因になったのは間違い無いと思います。




今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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