鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

大学入学時の自分に必要だったのは、「運動」ではなく「鬱の治療」(過去編・1995年4月頃・19歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「高校時代に辛うじて認識出来ていた事(2008年2月・32歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、高校時代の自分が鬱を発症したものの、その症状を全く自覚していなかった、という話でした。その症状は以下の4つになります。


・食欲の完全消失

・日曜夜ごとの激しい喘息

・慢性的な疲労感と眠気

・学校生活中の激しいめまい



自分はこれらの諸症状を自覚する事が全く出来ていませんでした。(何故自覚出来なかったのかは、直近の過去記事をお読み下さい。)自分が健康状態に関して自覚出来ていた感覚は、「学校生活がなんか身体が疲れていてずっと辛いし、なんかずっと悲しい」といううすらぼんやりとした感覚のみです。そして、自分は高校3年間を通じて以下の3つだけは認識出来ていました。



・自分が周りのクラスメートや部活の人と全くコミュニケーションを取れなくなっている。

・自分が対人関係における自信を完全消失している。

・高校生活がなんか身体が疲れていてずっと辛く、なんかずっと悲しい。



この3つの認識した上で、自分はこう思ったのです。「大学時代を充実したものにする為には、自分を変えるしかない」、と。前回の記事はここまででした。「自分を変えるしかない」と決意した自分は、大学で空手部に入部する事にしたのです。自分は幼い頃から喘息に苦しみ続け、「運動」が大嫌いだったのですが、自分を変える為にはあえて大嫌いなものに挑む必要があると考えたのです。そして、その大嫌いなものを克服出来た暁には、自分に対する自信が芽生え、コミュニケーション能力が回復するだろう、と。 運動系の部活の中で空手部を選んだのは、当時の自分がプロレスや格闘技が好きだったからです。




このような思考の経緯で自分は大学入学後空手部に入部したのでした。入部して1〜2ヶ月はそれなりに順調だった記憶です。しかし、入部して3ヶ月目に行われた「人間サンドバッグ」という練習メニュー、この練習により自分は恐怖のどん底に突き落とされ、以降の大学生活は孤独と恐怖と絶望しかない大学生活となったのです。(人間サンドバッグの詳しい説明はこちら→空手部時代の話②)自分はその余りの厳しさに恐れおののき、練習日の前夜眠れなくなってしまったのです。自分はこの人間サンドバッグという練習を克服するべく、必死に自主練を繰り返しました。ところが自主練を繰り返しても繰り返しても全く体力がついたという実感が得られません。そりゃそうですよ。自分は小学校3年生以降、自分の健康状態すら把握出来ない状態に陥っていたのです。健康状態すら把握出来ていない人間が、自分の「体力」を認識できる訳がありません。そして、もう一つ重要な事は、自分が高校1年生の時に鬱を発症していた、という事です。結果自分は高校3年間以下の4つの症状にずっと苦しみ続けていました。


・食欲の完全消失

・日曜夜ごとの激しい喘息

・慢性的な疲労感と眠気

・学校生活中の激しいめまい


そして、先程書きました通り、自分は小学校3年生以降、自分の健康状態すら把握出来ない状態に陥っていましたから、当然この4つの症状も全く自覚出来ていなかったのです。自覚出来ていたのは、「高校生活が身体が疲れていてなんかずっと辛く、なんかずっと悲しい。」といううすらぼんやりとした感覚のみ。ですから、自分は高校卒業後、空手部に入部した訳ですが、上記の4つの症状に苦しみ続ける状態はそのまま継続していたのです。(自分は大学に現役合格しましたので、高校卒業と大学入学の間にタイムラグはありません)そうなんですよ。ですから喘息は空手部の練習中にも出ていましたし、自主練のランニング中にも出まくっていたのです。あれは苦しかった。それ以外の3つの症状も同様です。もう一度空手部入部当時の鬱の諸症状を貼らせて頂きます。



・食欲の完全消失

・日曜夜ごとの激しい喘息

・慢性的な疲労感と眠気

・学校生活中の激しいめまい



現在の自分(2021年7月)は上記の4つの諸症状を見てこう思います。「そもそも運動して体力をつける『以前』の話だろ」、と。




そう、空手部入部当時の自分に必要だったのは「運動」ではなく、「鬱の治療」だったと思うんですよ。「運動」なんて一つも必要無かったですし、むしろ逆効果でもありました。では、上記の4つの症状を一つ一つ検証していきたいと思います。まず食欲ですが、食欲が完全消失している人間がいくら運動したって食欲なんて湧かないんですよ。現に自分は空手部の3年間ず〜っと食欲が完全消失していましたからね。空手部の稽古時間は週3回・1日2時間半〜3時間だったのですが、あんなに汗をかきまくったにも関わらず、3年間でお腹が減って、ご飯を食べた記憶は皆無なのです。それでも自分は稽古前になると食べておかないとなんか不安なので、食欲は無くてもとりあえずご飯を食べるようにはしていました。しかし食欲の無い中で食べる食事は「灰」のような虚し過ぎる味しかしませんでした。あの3年間で美味しかった食事など1回もありません。喘息に関しても空手部の稽古中に出まくっていまして、ただでさえキツい稽古がさらにキツくなっていました。そして、人間サンドバッグの恐怖で夜眠れなくなった事で、慢性的な疲労感や眠気も高校時代よりさらに酷くなって行きました。そして、めまいに関しても当然良くなってなんていません。むしろ悪化し、これが「離人感」に繋がっていったと思っています。




自分は上記のような状態で、必死に人間サンドバッグの恐怖に耐え続け、3年間稽古をし続けたのです。(空手部を辞めれなかった理由についてはこちら)本来なら「運動」よりも「鬱の治療」の方が必要だったにも関わらず、です。そんな完全な選択ミスを犯している自分が、空手部を3年間頑張り続けた結果どうなったのか、見てみたいと思います。そう、鬱に苦しんでいた高校生の自分が「自分を変えよう」と必死に人間サンドバッグの恐怖に耐え続けた結果です。対比し易くする為に、まずは高校時代の鬱の諸症状を貼りまして、その後大学時代の鬱の諸症状を貼りたいと思います。



「高校時代の鬱の諸症状」

・食欲の完全消失

・日曜夜ごとの激しい喘息

・慢性的な疲労感と眠気

・学校生活中の激しいめまい




「大学空手部時代の鬱の諸症状」


・大学空手部のとある練習メニューが自分には厳し過ぎて、その恐怖感で夜眠る事が出来ない。(空手部時代の話②)
・食欲完全消失(大学時代の鬱の諸症状)
離人感(〜離人感と冷え性〜)
・酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)
・高校時代に比べて3倍酷くなった慢性的な疲労感と眠気(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・限定的な難聴(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・自殺願望(〜自殺願望と救い〜)
・常に訳もなくず〜っと悲しい。
・慢性的な口内炎
・空手部のとある練習メニューの恐怖を乗り越えようと、自主練を繰り返すも翌日の体調が滅茶苦茶に崩れるだけで一向に体力が増える実感を得られない。そのうちに自分の中には「脱力感」「無力感」「虚無感」がどんどん増えていき、これが自殺願望へと繋がっていった。




いや〜見事に悪化しましたねぇ。自分の鬱は空手部の3年間を経て3倍に悪化してしまいました。何故にこんな結果になってしまったのでしょう。それは以下の2つの理由が考えられます。



① 小学校3年生以降、自己表現を全くしなくなった事で、自分の健康状態すら把握出来ない状態に陥っていたから。



②高校1年生の時に鬱を発症し、そもそも運動を出来るような健康状態では無かった。




特に①の理由が、罪深いですね。これにより、自分は「鬱の治療」ではなく「運動」を選んでしまったのです。当時の自分が「自分は鬱」だという「病識」を持てていれば、展開は全く違ったものになっていたでしょう。しかし、鬱という病気の厄介な所は、「自分が鬱」だと気付く事もまた難しいという事です。結果自分は28歳までそれに気付く事が出来なかったのですから。



今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!






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