鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

東○荘事件によりパチンコⅣ期終了(2006年3月頃・30歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「「眠りの質の悪化」と「鬱」の関係性③(2006年3月頃・30歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分の睡眠の劣化がどんどん蓄積していった、という話でした。前回、前々回の記事にも貼りましたが、自分の睡眠の劣化の歴史は以下の通りになります。



①小学校3年生の時に、父親の開業を機に家庭環境が戦争状態に突入。これにより喘息が悪化し、夜全く眠れなくなる。ここから学校生活における人間関係の経験が全く積み重なっていかず、精神年齢の成長が止まる。



②高校1年生の時に部活で暴言事件が発生。これにより、日曜夜ごとに激しい喘息が起こり、一睡もせずに高校に通う事になる。これによりクラスや部活の人間関係から完全に脱落。



③1つ目の大学で空手部に入るも、とある練習メニューが自分には厳し過ぎて、夜眠れなくなる。それにより鬱は3倍に悪化し、様々な鬱の諸症状を発症。



④2つ目の大学での大学生活でも全く友達が作れず、慢性的な疲労感が悪化。これにより睡眠への依存度が凄まじく上がり、隣に住む妹の出すドア音が許せなくなる。最終的には妹への憎しみと恐怖感が爆発し、尿管結石発症の引き金に。



⑤引きこもり明けに起きた東○荘事件により、「眠っている最中に激昂した父親が部屋に突入してくるのでは?」という恐怖心が発生。それは妹の出すドア音の恐怖心と合算され、「生命の危機」を感じる程の恐怖心となった。これによりますます眠りの質が劣化し、鬱も狂人レベルまで悪化。




そして、③の時代の鬱の諸症状がこちら。



・大学空手部のとある練習メニューが自分には厳し過ぎて、その恐怖感で夜眠る事が出来ない。(空手部時代の話②)
・慢性的な食欲消失(大学時代の鬱の諸症状)
離人感(〜離人感と冷え性〜)
・酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)
・慢性的な疲労感と眠気(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・限定的な難聴(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・自殺願望(〜自殺願望と救い〜)
・常に訳もなくず〜っと悲しい。
・慢性的な口内炎




このように自分の睡眠の質は年齢を重ねるごとに蓄積していき、劣化していったという事になります。例えば⑤の事例の睡眠の劣化ですが、これは①②③④の睡眠の劣化のダメージがそれぞれ蓄積した上で、さらに⑤の事件でのダメージが乗っかっている、というイメージです。そう、一度経験してしまった強烈な睡眠の劣化の経験は、脳の神経にそのまま焼き付いてしまい、それは時間が経ってもそのまま残っていくイメージです。そして、その上にさらに新しい劣化の経験が積み重なっていく、と。




ここら辺の考えは、自分が7〜8年前にふとした事で思い付いたのですが、これを使うとけっこう上手く「鬱」の歴史を説明出来てしまうんですね。この考えについてはまた書いて行こうと思います。




さて、話は東○荘事件以降の話に戻ります。これまで書いてきましたように、自分は自分の部屋に戻ってきたのですが、そこからさらに睡眠の質が劣化していき、慢性的な疲労感と慢性的な眠気と冷え性が極限まで酷くなっていきました。要するに「鬱」がさらに悪化していったという事です。振り返ってみますと、自分は高校時代に鬱を発症し、それは大学空手部で3倍に悪化したのですが、この時点で「鬱の廃人」のような状態だったんですね。具体的に言いますと、先程貼った③の時代の鬱の諸症状がそれです。あの時点で身体はボロボロで、とてもじゃないけどまともな学生生活が送れるような状態ではありませんでした。そして、鬱は2つ目の大学生活と尿管結石を経てさらに2倍に酷くなり、記憶のサルベージを経て今回の東○荘事件です。少なく見積もっても、東○荘事件でさらに2倍は悪化しましたね。つまり大学時代の「鬱の廃人」状況から、さらに鬱が4倍悪化したという事になります。




東○荘事件が自分の心身にどれくらいのダメージを与えたのかという話ですが、一つ分かりやすい変化がありました。自分はこの東○荘事件以降、パチンコで稼ぐ気力が全く無くなってしまったのです。そもそも、東○荘事件が起こる以前から、自分の中でのモチベーションは打ち始めの頃の半分にまで減っていました。何故なら、打ち始めてから3ヶ月目くらいで家族内で引っ越しの話が持ち上がり、自分の中に膨大な憎しみと不安が発生したからです。これにより、自分はパチンコを打っていても、それへの憎しみと不安感で半パニック状態で、パチンコに対して上の空状態になっていきました。そして、とどめを刺すような形で東○荘事件です。これにより、自分の中でパチンコを打つモチベーションは完全に消えてしまいました。そう、前回の記事でも書きましたが、東○荘事件以降自分は「起きれなく」なってしまったのです。眠りから覚めてもまぶたや体の感覚が重くなり過ぎていて、身体を動かす事が出来ないのです。その状態は大体1時間程の続きます。そして、身体を動かせるようになった後も、極度の疲労感と眠気で身体がぺちゃんこに潰れそうなくらい重いのです。こんな状態では、毎日パチンコ屋に行って、朝から晩までパチンコを打ち続ける事など出来るはずがありません。自分は本当に無念でしたが、気力体力が回復するまでパチンコ稼業をお休みする事にしました。この時点では「もしかしたら引っ越しが終わったら気力体力が回復するかも?」という期待もあったのですが、実際引っ越してみるとそれどころではなく、ここでパチンコⅣ期は終了です。パチンコの収支ですが、2005年9月〜2006年3月までの6ヶ月間で+180万稼げました。大体月平均で30万の稼ぎです。身体が鬱でぶっ壊れまくっている割には稼げたと思います。ただ半年間で貯まった貯金は120万で、目標の200万には届かなかったのは、無念でした。




今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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