鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

大学空手部時代の評価に関する自己矛盾②(2007年12月・31歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「 大学空手部時代の評価に関する自己矛盾(2007年12月・31歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が大学空手部の3年間をどう評価するのか、という話でした。まずは前回の流れをまとめたいと思います。自分は大学空手部において連日死の恐怖に晒され続けた結果、鬱が3倍に悪化してしまいました。そして、そもそも自分がこの空手部に入部した動機は「自分に自信をつけて、コミュニケーション能力を改善させたい!」です。しかし、自分が3年間の空手部生活を終えてみますと、「より自尊心は破壊され、さらにコミュニケーション能力は悪化した」、のです。加えて体調も3倍悪化。これはホントに最悪な結果でした。自分は3年間死の恐怖に耐え続け、文字通り「必死に」空手部を頑張ったのです。しかし、待っていたのは最も望まない結末でした。そして、鬱は3倍に悪化です。自分の鬱の諸症状は以下の通りになったのでした。


「大学空手部時代の鬱の諸症状」


・大学空手部のとある練習メニューが自分には厳し過ぎて、その恐怖感で夜眠る事が出来ない。(空手部時代の話②)
・慢性的な食欲消失(大学時代の鬱の諸症状)
離人感(〜離人感と冷え性〜)
・酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)
・慢性的な疲労感と眠気(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・限定的な難聴(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・自殺願望(〜自殺願望と救い〜)
・常に訳もなくず〜っと悲しい。
・慢性的な口内炎



そう、ですから空手部の3年間に対する第1の評価としましては、「空手部の練習メニューが自分にとっては厳し過ぎ、死の恐怖が発生。それに3年間晒され続けた結果、鬱が3倍に悪化し、鬱の廃人のような状態に陥った。最悪の3年間。」、となります。




さて、第2の評価に移ります。第2の評価は、「あの3年間は空手部を文字通り『必死に』頑張った3年間。ただひたすらに鬱が悪化していくだけの3年間だったが、あれはあれで『必死に』何かを頑張っていた、という点において『自分なりの素晴らしい青春時代』だった。」、です。そうなんですよ。自分の空手部の3年間は、彼女どころか友達すら1人もいない3年間で、何一つ楽しい事など無い3年間でした。しかし、自分は自分に自信をつけて、コミュニケーション能力を改善させる為に「必死に」空手部を3年間頑張り続けたのです。ところが3年間を終えると、「より自尊心は破壊され、さらにコミュニケーション能力は悪化した」結果で終わってしまった。鬱は3倍に悪化です。この結果は最悪でした。自分の必死の頑張りは全く報われなかったですし、むしろ全く見当違いの方向に3年間必死に頑張っていた、という事になります。そう、自分は全く見当違いの方向に3年間必死に頑張り続けたからこそ、最悪の結果に辿り着いてしまったのです。ですが、自分が「必死に」空手部を頑張り続けた事もまた事実なのです。そう、それは全くもって見当違いな頑張りだったのですが、「必死に」頑張り続けた3年間ではあったのです。自分はその点においてあの3年間を「素晴らしい青春時代だった」と評価したいのです。結果はどうあれ、「必死に」頑張り続けた事は間違いないのですから。ですから自分がこの空手部の3年間を思い出すと、トラウマな思い出しか出てこないのですが、それにも関わらずこの空手部の事が大好きなのです。空手部の先輩も同輩も後輩も大好きですし、この大学自体も大好きです。今現在(2021年7月)でも愛校心が半端ありません。今でも1年に1回くらいは懐かしくて見に行ってしまいますからね。




という訳で空手部3年間の評価をまとめてみたいと思います。



第1の評価
「空手部の練習メニューが自分にとっては厳し過ぎ、死の恐怖が発生。それに3年間晒され続けた結果、鬱が3倍に悪化し、鬱の廃人のような状態に陥った。最悪の3年間」


第2の評価
「あの3年間は空手部を文字通り『必死に』頑張った3年間。ただひたすらに鬱が悪化していくだけの3年間だったが、あれはあれで『必死に』何かを頑張っていた、という点において『自分なりの素晴らしい青春時代』。」



なんと見事な自己矛盾。まさに両価的だと思います。ただし、どちらも自分にとっては真実なのですから、仕方がありません。という訳で最後に自分が両価的だった時期をまとめてみます。


「両価的だった時期」


・母親と喋り始めた時期(2007年11月・31歳)


・引きこもりが始まった時期(2004年9月・28歳)

・引きこもりが終わった時期(2005年9月・29歳)

・引っ越し後(2006年6月〜)


・パチンコⅣ期(2005年9月〜2006年3月・29歳〜30歳)


・大学空手部の3年間(1995年4月〜1998年4月・19歳〜22歳)




今回の記事は、ここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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