鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

大学空手部時代の離人感(過去編・1995年〜1998年・19歳〜22歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「小学校3年生で離人感発症(2008年2月・32歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が小学校3年生の時点ですでに精神疾患を患っていた、という話でした。この時の精神疾患とは離人感です。(離人感の詳しい説明はこちら)これに気付いたのは2004年(28歳)の時の記憶のサルベージの最中だったのですが、これは驚きでした。(『記憶のサルベージ』の説明はこのブログの最後にあります)まさか自分が小学校3年生の時にすでに離人感を発症にしていたとは。そう、実は自分は大学空手部時代にも離人感を発症していまして、それは大学生だった自分も把握していたんですね。ですから、大学空手部時代の離人感は「人生で2回目の離人感」だったのです。という訳で今回の記事は、この「空手部時代の離人感」について振り返ってみたいと思います。当時の自分は大学空手部で行われるとある練習メニューに圧倒的な恐怖感を感じていました。それにより夜眠る事が出来なくなり、慢性的な疲労感と眠気がさらに悪化していたのです。加えて冷え性も酷くなり、自殺願望も発生していました。毎度毎度のいつものコピペになります。



「大学空手部時代の鬱の諸症状」

・大学空手部のとある練習メニューが自分には厳し過ぎて、その恐怖感で夜眠る事が出来ない。(空手部時代の話②)
・慢性的な食欲消失(大学時代の鬱の諸症状)
離人感(〜離人感と冷え性〜)
・酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)
・高校時代に比べて3倍酷くなった慢性的な疲労感と眠気(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・限定的な難聴(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・自殺願望(〜自殺願望と救い〜)
・常に訳もなく泣きそうなくらい悲しい。
・慢性的な口内炎



そうそう、自分は最近の記事の中で、この大学空手部時代の「自主練」の話もさせて貰いました。自分は練習の恐怖を乗り越えようと「自主練」を繰り返していたのですが、翌日の体調がほぼ毎回滅茶苦茶崩れてしまっていた、という話です。そして、自分がどんなに自主練をいくら頑張っても「体力が付いた」という実感を得られる事も一切無かったのです。これもホントに辛かったですねぇ。これにより自分の心の中にはかなりの量の「脱力感」「無力感」「虚無感」が発生し、「自殺願望」へと繋がっていきました。



さらには大学生活の最中に「離人感」も起こっていたのです。そう、これは空手部の練習のある日に良く起こっていました。ここからこの現象が起こるまでの流れを追って行きたいと思います。まず、空手部の練習は週3回行われていたのですが、その前夜になると自分はとある練習の恐怖でほとんど眠る事が出来ませんでした。その練習とは人間サンドバッグという練習でして、これは極限まで心肺機能を追い込む練習でした。(人間サンドバッグの詳しい説明はこちら→空手部時代の話②)そして、朝になると自分は睡眠がほとんど取れていない状態で大学に向かいます。もちろん眠れていませんから、慢性的な疲労感と眠気で意識朦朧としています。そんな状態で授業の内容なんて頭に入っていません。大教室での授業の時なんて、大体机に突っ伏して寝ていましたからね。ただし、当時の自分を苦しめたのはこの疲労感や眠気だけではありません。さらに辛かったのが「恐怖心」です。



先程も書きました通り、自分にとって人間サンドバッグという練習メニューが厳し過ぎまして、「自分は練習で殺されるかもしれない」くらいの恐怖を感じていたのです。そして、空手部の練習は週3回、放課後の夕方17:30〜19:30で行われていました。ですから、自分が大学で授業を受けていると、少しずつ少しずつ時間が進み、放課後の時間が近付いていくんですよ。そして、放課後の時間が近付いてくればくる程、自分の心の中の「恐怖心」はどんどん大きくなっていき、心が潰されていくのです。あれはホント「死刑へのカウントダウン」って感じでマジでキツかった。時間が進むにつれ、自分の心は恐怖心でどんどん潰され、精神的苦痛は増えていきます。そして、いよいよ授業の時間が終わり、放課後の時間に突入すると、自分の心は莫大な恐怖心に完全に押し潰され、その精神的苦痛は甚大です。さらにこの日の前夜は眠れていませんから、慢性的な疲労感と眠気もこの時間がピーク。そう、自分が「現実感が薄くなる現象」を感じていたのはまさにこの時なんですよ。放課後の時間に、「恐怖心」と「慢性的な疲労感」と「慢性的な眠気」がピークを迎えると、自分の心はその甚大過ぎる精神的苦痛に耐えかね、現実感を勝手に薄めていたのです。それはまるで自分の視界に半透明な幕が降りてきて、現実感覚が半分無くなる感覚です。その無くなった半分は「他人事」みたいな感覚になっていました。そう、他の表現で言い変えますと、自分の心の半分くらいに勝手に「麻酔」がかかって、何も感じなくなるような感覚です。自分はこれから始まる空手部の練習が恐ろしくて仕方ないのですが、それにも関わらず心の半分くらいがなんか「ボーッ」としてるのです。あれは「心」を守る為の人間に備わった本能的な機能だと思います。しかし、残った心の半分はやはり練習が恐ろしくて仕方がなく、また疲労感や眠気も辛くて仕方ありません。




そして、自分はこの状態で空手部の練習に参加していたのです。心の中では恐怖心と疲労感と眠気と離人感がゴチャゴチャに混ざり合いもう何が何やら訳わからない状態です。ただし、訳わからないと言いつつ、唯一分かる感情もありました。それは「なんだか分からないけど、この状態が辛くて辛くてたまらないし、悲しくて悲しくてたまらない」です。そして、自分はそのようなカオス過ぎる精神状態で練習に臨み、時には練習中にも「現実感」が薄くなっていた記憶です。さらに練習時間の中でも「人間サンドバッグ」が行われる時間帯は大体決まっていましたから、その時間が近付いてくればくる程自分の恐怖心はさらに高まっていきました。そして、いざ人間サンドバッグが始まるともう仕方ありません。自分は覚悟を決め、それに臨んでいくのです。




さて、自分は上記のような練習を週3回繰り返していきまして、大学生活がもう辛くて悲しくて仕方がない状態だったのです。信頼出来る相談相手なんていませんでしたからね。そう、何度も書いていますが、自分の精神年齢の成長は小学校3年生で止まっていましたから、この事を相談出来るような友達は皆無でした。大学内では完全孤立し、ご飯は毎回学外で立ち食いそばを食べていたのです。そして、さすがの自分も大学2年生くらいになると、この状況がおかしい事に気付き始めました。とにかく大学生活が辛くて悲しくて仕方ないのですから。そして、周りを見渡せば、周りの学生達は楽しそうに日々の大学生活を楽しそうに送っているのです。自分と彼らでは見ている世界が全く違っていそうな感じです。加えて放課後に起こる「現実感が薄くなる現象」も何なのか不思議で堪りませんでした。




そこで自分は大学の図書館で精神医学関連の書籍を読み漁り始めたのです。すると、自分が感じている日々の精神的苦痛がもしかしたらなんらかの「精神疾患」なのかもしれない、との感触を得ていったんですね。そして、あの放課後に起こる「現実感が薄くなる現象」に関しては明確な答えが出たのです。それは「離人感」と呼ばれる精神疾患でした。自分は自分が苦しんでいる苦しさの一部が「離人感」と呼ばれている事を知り、嬉しかった記憶です。そして、少し安堵しましたね。これにより、自分以外にもあの辛さを味わっている人がいるという事が分かりました。そして、ほんの少しだけですが癒される感覚もあったような記憶です。





今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!



(記憶のサルベージとは、自分が28歳の時に行っていたセルフカウンセリングの事です。自分は大学を2つ中退した後28歳で部屋に引きこもり、過去の記憶をひたすらノートに書いていきました。詳しくはこちらの記事をご覧下さい。ノートによるセルフカウンセリング⇒記憶のサルベージ(2004年4月頃・28歳))





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