皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事と 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「中学の吹奏楽部で後輩との接し方が全く分からない(過去編・1989年・13歳)」の続きを書かせて頂きます。
前回の記事は、自分が吹奏楽部で先輩になったものの、後輩に何を教えれば良いのか全く分からなかった、という話でした。これは自分が中学校2、3年生の時の話です。そう、自分はそれまでの吹奏楽部生活において、経験やノウハウを全く蓄積していませんでした。自分は幼い頃より日々の出来事を全く言語化せずに生きていましたから、それらが脳内に蓄積していかなかったのです。また、中学時代の自分といえば、重度のゲーム依存状態にありました。自分にとっては現実世界よりゲームの世界の方が100倍居心地が良かったのです。そんな精神状態では現実世界の部活生活など上の空だった、という面もあったと思います。
故に自分は部活で後輩が出来ても、彼らに何を教えれば良いのか全く分かりませんでした。そもそも自分は彼らとの日常的なコミュニケーションすら、困難な状態だったのです。自分は自分自身の情報を全く把握出来ていませんでしたから、自分の事をお喋りで表現する事が全く出来ませんでした。そして、自分自身を全く把握できていませんから、他人に対する興味も皆無でした。
中でもコミュニケーションが困難だったのは、自分が中学3年生の時に2年生だったKさんです。Kさんは後輩な上に可愛い女の子でしたから、ますます自分にとってはハードルが高く、コミュニケーションが絶望的に困難な状態でした。だって当時の自分は同性のクラスメートとのコミュニケーションすら厳しくなっていたのです。それが異性でなおかつ可愛い女の子の後輩とのコミュニケーションなんて絶望的な無理ゲーでした。
自分は中学3年生でホルンパートのリーダーになっており、同じくホルンパートの彼女は直接的な後輩でありました。ちなみに自分がリーダーになった理由は、自分がホルンが上手いからとかリーダーシップがあるからとかではありません。ただ単にホルンパートの同期が自分ともう一人だけで、彼が他の楽器に夢中になっていたのです。そこで自分がリーダーになってしまいました。しかし、先程書きましたように、自分はどうひっくり返っても後輩のkさんとのコミュニケーションが無理でした。自分は彼女を前にすると何も喋る事が思い浮かばず、頭の中が真っ白でパニック状態になってしまうのです。どうしようもなかった自分は彼女の事を無視し続けてしまいました。そう、自分はパニック状態になっている事をKさんに悟られるのが嫌で彼女と距離を取らざるを得なかったのです。そして、Kさんの方も大人しい女の子でしたから、自分の方に積極的に話しかけてくるような事はありませんでした。自分とKさんとの間には会話が全くなく、冷たい空気が続く事となりました。ちなみにホルンパートにはもう一人男の後輩がいました。ただ、彼はとても人懐こい後輩でしたから、自分は彼とはコミュニケーションを取れていました。
Kさんからしたら自分の無視の理由が訳分からなかったと思います。別にKさんは何も悪い事をしていないのに、パートリーダーの自分から無視され続けるのですから。
今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!
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