鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

〜コミュニケーションを諦めると自分自身がどういう人間なのかも認識できなくなる〜精神年齢の成長が小3で止まるとは?④

みなさんこんにちはスキッパーです!見に来て下さりありがとうございますm(_ _)mもし初めてこのブログに来た頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「精神年齢の成長が小3で止まるとは?③」の続きを書かせて頂きます。



前回は「自分の精神年齢の成長が小3で止まっていた」という事実に、どのようにして気付いたのか、という話でしたね〜。以前、精神年齢の成長が小3で止まるとは?①でもお話した通り、自分は3歳の時のとある事件をきっかけに親に対して心を閉ざし、親とコミュニケーションをとることを諦めてしまった訳ですが、この事も当然自分の精神年齢の成長が小3で止まってしまった事に大きく影響しています。親とコミュニケーションをとらない→学校で経験する様々な出来事が言語化されない→言語化されない出来事は心の中でモヤモヤのまま腐っていき経験が蓄積されていかない→精神年齢の成長が止まる、という流れですからね。つまり、自分の精神年齢の成長が小3で止まってしまった要因は①感情表現を諦めてしまった事によって経験が蓄積していかなかった。②喘息によってスポーツ系のクラスメートに対する劣等感がどんどん大きくなっていった。の2点あるという事になります。



ただまぁ、感情表現を辞めた事と喘息の因果関係でも書かせて貰った通り、自分の場合の「喘息」は、そのような感情表現を諦めてしまった事による反動で無意識的に身体が作り出した一種の「詐病」みたいな所があると思うので、結局の所問題の根幹は「感情表現を諦めてしまった」事にあるという感じです。



感情表現を諦めてしまい、親とコミュニケーションを取らなくなると、日々の生活における経験が蓄積していかないですし、また「自分という人間はどういう人間なのか?」も分からなくなってしまいますからね。



そうそう、人って他人とコミュニケーションする事で「自分ってこういう考え方をしてるんだ」って気付いたり、「自分ってこういう趣味趣向があるんだ」って気付いたり、「自分に対して気付く」事が多々あると思うのですが、幼い頃自分のように親とコミュニケーションをとっていないと当然このような「自分を知る機会」も持てないですから、そのような状況が続くと自分自身ですら自分がどういう人間なのか把握できない状態になります。また、自分自身がどういう人間なのか分かっていない人間が他人に興味を持てる訳もなく、そうすると他人とのコミュニケーションも難しくなるという流れになります。



ですからコミュニケーションって「他人を知る」と同時に「自分自身を知る」という効果もあると思うんですよね。そして、自分自身や他人を知る機会がなく、ただただ無自覚に「ボー」っと時間と環境を浪費し続けていくと、自分のようなコミュニケーション能力皆無の社会不適合者が産まれる、と。



その意味で言うと自分が15年前に行った記憶のサルベージという行為は自分自身を知る為には最上の手段でした。サルベージを行った時自分は28歳だった訳ですが、28年間ほとんど言語化していなかった自分の経験を1年間かけて全て言語化していき、また同時に「何故自分の28年間はこのように孤独と恐怖と絶望しかないものになってしまったのか?」という謎解きもしていきました。




今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございましたm(_ _)m




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