鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

自分の怨霊を鎮魂する〜1年ぶりの遠出⑥(2005年8月頃・29歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「自分の生き霊を鎮魂する〜1年ぶりの遠出⑤(2005年8月頃・29歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、29歳の自分が大学空手部の道場を訪れ、20歳の自分の生き霊を鎮魂した、という話でした。本来なら「生き霊」とか「鎮魂」とかいう表現はオカルト的で全く持って使いたくないのですが、他に良い表現が無いので使っています。「生き霊」を同じようなオカルト的表現で言い換えますと、ある種の「怨霊」と言っても良いのかもしれません。当時の自分は大学空手部で3年間に渡って恐怖と孤独にのたうち回り、心身が壊れていきました。恐怖とは空手部のとある練習メニューに対する恐怖です。自分はこの恐怖を一人で抱え込んでしまい、それはどんどん肥大化していく事になりました。その恐怖で自分はどんどん睡眠が取れなくなっていき、鬱が3倍に悪化したのです。その際の諸症状がこちら↓




・慢性的な食欲消失(大学時代の鬱の諸症状)
離人感(〜離人感と冷え性〜)
・酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)
・慢性的な疲労感と眠気(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・限定的な難聴(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・自殺願望(〜自殺願望と救い〜)
・常に訳もなくず〜っと悲しい。
・慢性的な口内炎




20歳頃の自分は上記の諸症状と、とある練習メニューへの膨大な恐怖感で意識朦朧とする中、空手部の練習に3年間参加し続けました。そんな当時の自分が心の中で発していた断末魔のようなうめき声が道場のあちらこちらから聞こえてくるようだったのです。そのうめき声は「怨霊」のようでした。そして、29歳の自分はそんな当時の自分のうめき声に耳を傾けて、慰めていったのです。だって当時の自分の膨大な苦しみを分かってあげられるのは、この世の中で自分一人しかいないのですから。これは全力で慰め、鎮魂するしか他に道はありません。自分は「よく一人で頑張ったね。もう一人じゃないよ。」と、道場でのたうち回る自分の怨霊に語りかけていったのです。そうする事で当時の自分の苦しみが少しは癒されるような気がしたのを覚えています。




さて、そんな感じで自分は道場のあちこちを歩き回り、当時の自分の怨霊を鎮魂し続けました。道場の他にも、隣接する更衣室やトイレにも当時の自分の苦しみやうめき声がべったりと染み付いていましたので、そこでも鎮魂の念を送り続けました。あ、その時の自分の気持ちの中には、単純に「懐かしいなぁ」というポジティブな感情もありました。空手部の3年間はただただ鬱が3倍に悪化しただけの3年間ではあったのですが、一面では自分が文字通り必死に頑張っていた3年間でもあったからです。そう、あれは全くもって見当外れの頑張りではありましたが、記憶の言語化を進めていくとその見当外れっぷりさえも愛おしく懐かしいものとなっていきました。自分の人生の中であんなに頑張っていた時期は、空手部の3年間とサルベージの1年間、今後お話しする事になるであろう「歩きサルベージ(仮)」の3年間だけですからね。ある意味空手部の3年間は自分にとっての「青春」そのものでもありましたから、道場ではその残像を見れるという懐かしさもあった記憶です。割合にすると、鎮魂:8、懐かしさ:2くらいでしたね。




今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m






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