鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

大学空手部の副主将になったものの、後輩達と全くコミュニケーションが取れない②(過去編・1997年4月頃・21歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「 大学空手部の副主将になったものの、後輩達と全くコミュニケーションが取れない(2008年2月・32歳) 」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が大学3年生に進級した事で、いよいよ大学生活が切羽詰まったものになってきた、という話でした。時期としましては、1997年4月頃、年齢は21歳です。今回の記事も改めて当時の状況を書いてみたいと思います。そう、自分は空手部では副主将になってしまいましたが、後輩達に対して副主将らしく振る舞う事が全く出来ません。何故なら、空手の技術だったり、ノウハウだったり、大会での勝ち方だったり、がまるで自分の中に蓄積されていないのです。そして、空手部のイベントに関する思い出もまるで蓄積されていない。空手部では大会、合宿、演舞会、新歓コンパ、納会、と様々なイベントがありましたが、自分はどのイベントにも何の思い出も無いのです。こんな状態で下級生に空手の技術や空手部の事を教えられる訳がありません。そして、ゼミ内においても全く周りの同期とコミュニケーションが取れず浮きまくり。クラスにおいてもクラスメートと完全に縁が切れ、大学内で完全孤立の状況に陥っていました。学外でもバイト先で居場所を作る事が全く出来ません。そして、体調の方も空手部の恐怖に2年間晒され続け、眠れない日々が続きましたから、鬱がさらに悪化です。いつものコピペを貼らせて貰います。



「大学空手部時代の鬱の諸症状」


・大学空手部のとある練習メニューが自分には厳し過ぎて、その恐怖感で夜眠る事が出来ない。(空手部時代の話②)
・慢性的な食欲消失(大学時代の鬱の諸症状)
離人感(〜離人感と冷え性〜)
・酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)
・高校時代と比べて3倍酷くなった慢性的な疲労感と眠気(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・限定的な難聴(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・自殺願望(〜自殺願望と救い〜)
・常に訳もなく泣きそうなくらい悲しい。
・慢性的な口内炎
・空手部のとある練習メニューの恐怖を乗り越えようと、自主練を繰り返すも翌日の体調が滅茶苦茶に崩れるだけで一向に体力が増える実感を得られない。そのうちに自分の中には「脱力感」「無力感」「虚無感」がどんどん増えていき、これが自殺願望へと繋がっていった。




コピペ終わり



この時期になると就職活動の話もちらほら聞こえてきていた記憶ですが、こんな体調で就職活動など出来るはずがありません。そもそもこんな体調、本来なら空手部だって絶対無理な体調ですからね。さて、こんな感じで大学3年生に進級した自分は控えめに言ってもどん詰まりな状況になってしまいました。当時の自分は上記の鬱症状について「離人感」の「自殺願望」以外は何も把握出来ていませんでしたが、自分の健康状態と大学生活がいよいよヤバい事になっている事は気付いていました。だって大学構内にいる時の自分は、何が理由かは分からないけど、身体がいつも疲れ切っていて眠くて仕方なかったですし、何が理由かは分からないけど、いつも泣きそうなくらい悲しかったからです。





そんなある日の事、自分は何気なく学内の新聞を読んでいたのですが、大学内に「カウンセリングセンター」がある事を知ったのです。それを知った自分は「これは行くしか無い!!」と思いました。自分はそれまで大学の図書館で精神医学系の本を読み漁っていましたから、カウンセリングに興味がありました。そして、大学の中にあるのなら気軽に安心して行く事が出来ます。自分は「もしかしたらカウンセリングにこのどん詰まり状況を打破できる鍵があるかもしれない」、と思ったのでした。





今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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