鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

空手部の合宿が気が狂う程恐ろしい(過去編・1997年9月頃・21歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「自己開示しようとすると立ち塞がる2つの障壁(過去編・1997年4月頃・21歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分がカウンセリングで自己開示しようとすると、以下の2つが原因でなかなか喋りが進んでいかなかった、という話でした。



・一言喋るごとに「次にこんな事を喋ると先生に馬鹿にされるのではないだろうか?」という「不安」と「葛藤」が発生していた。


・そもそも記憶自体が超カオス状態に陥っており、過去の記憶であればある程思い出す事が実質不可能になっていた。


そう、ですから自分はカウンセリングで一言喋ると10分〜15分黙り込んでしまっていたのです。そして、このような沈黙はよく起こっていました。1回のカウンセリングで必ず1回は起こっていたと思います。(カウンセリングは1回1時間)ですから、自分のお喋りはなかなか前に進まなかったのです。自分がカウンセリングで最初に喋った話は「自分が大学空手部内で最上級生(3年生)になったものの、最上級生らしく振る舞う事が全く出来ず、とても辛い」ですが、この話を喋り終わるまでにカウンセリング2〜3回は費やしていた記憶です。そして、その後も「自分がゼミで完全に浮いている話」や「クラスでも完全孤立している話」をしていったと思いますが、それを喋り切るのにもそれぞれカウンセリング2〜3回分は費やした感じがします。いや〜、不安と葛藤を乗り越えてよく喋りましたねぇ。そして、その甲斐あって、ゼミは辞める事が出来たのでした。



そんな感じで、自分が大学内でカウンセリングを受け始めてから3〜4ヶ月が経とうとしていました。季節は変わり、大学3年生の夏です。当時の自分は、夏と言えば「空手部の夏合宿」しか頭にありませんでした。夏合宿に対する恐怖感が気が狂うレベルにまで達していたのです。そして、当然その話もカウンセリングでしました。ここからは空手部の夏合宿の話を書いていきたいと思います。そう、前提となる話としまして、そもそも自分は「通常時」の大学内での週3回の稽古ですら凄まじい恐怖感を感じ続けていました。我々空手部員は週3回大学内の稽古場で放課後に稽古するのが常だったのです。(1回の稽古時間は2時間〜2.5時間)そして、自分にとって空手部のとある練習メニューが「殺される」程厳しく、その凄まじい恐怖感により稽古の前夜眠る事が全く出来なくなっていたのです。そんな日々は2年間続き、自分の鬱はさらに悪化していきました。(空手部を辞めれなかった理由についてはこちら)悪化後の鬱の諸症状は以下の通りです。いつものコピペになります。



「大学空手部時代の鬱の諸症状」


・大学空手部のとある練習メニューが自分には厳し過ぎて、その恐怖感で夜眠る事が出来ない。(空手部時代の話②)
・慢性的な食欲消失(大学時代の鬱の諸症状)
離人感(〜離人感と冷え性〜)
・酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)
・高校時代と比べて3倍酷くなった慢性的な疲労感と眠気(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・限定的な難聴(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・自殺願望(〜自殺願望と救い〜)
・常に訳もなく泣きそうなくらい悲しい。
・慢性的な口内炎
・空手部の稽古中の喘息
・空手部のとある練習メニューの恐怖を乗り越えようと、自主練を繰り返すも翌日の体調が滅茶苦茶に崩れるだけで一向に体力が増える実感を得られない。そのうちに自分の中には「脱力感」「無力感」「虚無感」がどんどん増えていき、これが自殺願望へと繋がっていった。



コピペ終わり



自分は上記の鬱の諸症状に耐えながら空手部生活を2年間送っていたのです。う〜ん、エグい。このように鬱を3倍に悪化させる程、空手部の恐怖感は凄まじいものでした。そして自分は通常時の「大学内」での稽古ですら凄まじい恐怖感を感じていたのですが、これが「合宿」となると気が狂う程の恐怖感だったのです。「合宿」はどこかの民宿に寝泊まりしながら、稽古漬けの日々を1週間程送る行事でした。そして、合宿となると1日の全てが稽古時間のようなものだったのです。朝起きたら1時間の早朝練。その後9時〜11時半の午前練、さらに14時〜16時半の午後練。こんな日々が1週間続くのです。そして、合宿はどこかの民宿に泊まって行いますから、稽古時間以外の時間も空手部メンバーと一緒です。心も身体も全く休まる暇がありません。こんなものは当時の自分にとって地獄以外の何者でもありませんでした。しかもこれはとある練習メニュー(人間サンドバッグ)の恐怖に常に怯えながらの1週間ですからね。こんなのは狂気の沙汰以外何者でもありません。(人間サンドバッグの詳しい説明はこちら→空手部時代の話②)



その恐怖の日々は合宿初日の前夜から始まります。まだこの時は自宅の自分の部屋にいます。自分はそこで明日からの合宿に備え、眠ろうとするのですが、いつもよりさらにエゲツない恐怖感に襲われ、全く眠る事が出来ません。そう、自分が合宿中に肉体的に殺されるか、精神的に殺されるか、そんな姿しかイメージ出来ないのです。合宿から無事に生きて帰ってくる自分の姿をイメージする事が全く出来ません。故に自分は一睡もしない状態で合宿に臨む事もありました。ですから、合宿が始まる前から自分の身体は疲労感と眠気が酷い事になっていたのです。合宿場所に移動後も恐怖感は続きます。合宿の稽古が始まりますと、1日中身体を激しく動かしていますから、純粋な疲労感も凄まじく、流石に少しは眠れていた記憶です。それでも寝れたとしても眠りは極めて浅かった記憶です。そう、眠っていても人間サンドバッグの恐怖感に襲われ、途中で起きてしまう事がよくありました。そんな感じで眠りが極めて薄い中自分は必死に合宿中の稽古をこなしていきます。稽古中の自分の気持ちですが、「1分、1秒でも早く合宿が終わって欲しい!!!」しかありませんでした。稽古場に設置してある時計を5分おきくらいに見ていた記憶です。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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