鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

空手部自主練中の激しい自己矛盾(過去編・1997年9月・21歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「空手部合宿中にも離人感発症(過去編・1997年9月・21歳) 」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が感じていた大学空手部の合宿の辛さについてまとめてみました。合宿の辛さは以下の5つになります。



①いつもは1日2時間〜2.5時間くらいの練習時間(週3回)が、合宿中は6時間に増え、それが1週間毎日続く。


②練習以外の時間も他の空手部員と寝食を共にするので、心が全く休まらない。


③人間サンドバッグの恐怖のせいで睡眠が極めて浅い。そんな日々が1週間続く。(人間サンドバッグの詳しい説明はこちらです。→空手部時代の話②)



④合宿が一刻も早く終わって欲しくてたまらないのだけれど、合宿最終日には人間サンドバッグが行われる事が確定しているので、合宿が早く終わる事を願う事も出来ない。 これはかなり両価的な状態で、離人感も発生。(離人感の説明はこちらです→ 〜離人感と冷え性〜 )


⑤上記の4つの精神的・肉体的ダメージを累計すると、「中指の拷問」級。(中指の拷問の詳細はこちらです。記事の前半は読み飛ばして下さい。「そんな日々が3日程続いた後、、」という段落から始まります。)



いいですね!よくまとまりました。このように自分は合宿において様々な精神的・肉体的ダメージを受けており、その総量は「果てしない」ものとなっていたのです。この合宿の辛さを別の表現で表したいと思います。一旦合宿から離れます。当時の自分は日々の大学生活の中で以下の11の鬱の諸症状に苦しんでいました。いつものコピペになります。


「大学空手部時代の鬱の諸症状」


①大学空手部のとある練習メニューが自分には厳し過ぎて、その恐怖感で夜眠る事が出来ない。(空手部時代の話②)
②食欲の完全消失(大学時代の鬱の諸症状)
離人感(〜離人感と冷え性〜)
④酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)
⑤高校時代と比べて3倍酷くなった慢性的な疲労感と眠気(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
⑥限定的な難聴(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
⑦自殺願望(〜自殺願望と救い〜)
⑧常に訳もなく泣きそうなくらい悲しい。
⑨慢性的な口内炎
10空手部の稽古中の喘息
11空手部のとある練習メニューの恐怖を乗り越えようと、自主練を繰り返すも、翌日の体調が滅茶苦茶に崩れるだけで一向に体力が増える実感を得られない。そのうちに自分の中には「脱力感」「無力感」「虚無感」がどんどん増えていき、これが自殺願望へと繋がっていった。



おまけ:空手部の稽古中の様子

『空手部の稽古中の自分は、喘息は苦しいわ、めまいは酷いわ、背中の慢性的な疲労感は酷いわ、眠気は酷いわ、酷い冷え性で鼻水ズルズルだわ、滅茶苦茶でした。自分の意識はこれらの症状に攻撃され続け、その肉体的苦痛で頭が狂いそうでした。その苦痛量は心の許容量をオーバーしていましたから、稽古中にも「離人感」を発症していたのです』



コピペ終わり



そう、自分は空手部の「通常の稽古」の時点で上記の鬱の諸症状に苦しみまくっていました。(通常の稽古とは週3回、1回2.5〜3時間の稽古の事を指しています。) 稽古中の自分は、喘息は苦しいわ、めまいは酷いわ、背中の慢性的な疲労感は酷いわ、眠気は酷いわ、酷い冷え性で鼻水ズルズルだわ、滅茶苦茶でした。自分の意識はこれらの症状に攻撃され続け、その肉体的苦痛で頭が狂いそうでした。その苦痛量は心の許容量をオーバーしていましたから、通常時の稽古中にも「離人感」を発症していたのです。こんなぶっ壊れまくりの体調で空手部の稽古に参加するなど、通常時でさえ無茶苦茶にも程がある程無理な話だったのです。しかし、当時の自分は上記の諸症状をほとんど認識出来ていませんでしたから、ホントに辛くて辛くて仕方がない気持ちを必死に我慢して空手の稽古に参加していたのです。(大学空手部を辞めれなかった理由についてはこちら)




そう、そもそも「通常」の稽古でさえ、無茶苦茶にも程がある程、無理な話だったのです。ですから、合宿はそれをさらに大きく大きく上回る程、無理な話だった、という事になります。う〜ん、酷い。上記の鬱の諸症状に耐えながらの1週間の合宿ですからね。そりゃ中指を拷問で折られた時と同じくらいの精神的・肉体的ダメージが発生するってものですよ。今思い出しても辛くなります。(中指の拷問の詳細はこちら。記事の前半は読み飛ばして下さい。「そんな日々が3日程続いた後、、」という段落から始まります。)




ですから、自分は合宿の日が近付いてくると、1ヶ月くらい前から酷い鬱状態に陥っていました。当然のように食欲は完全消滅していますので、何を食べても灰のような味しかしません。そもそも通常の稽古の時からして、自分はかなりの鬱状態にありましたから、何を見ても何をしても全く楽しめない状態になっていました。その状態は合宿1ヶ月前となるとさらに酷くなっていたのです。あれは真っ黒なカーテンの中で膝を抱えて、ただひたすら体育座りしているだけのような日々でしたね。そう、まるで死刑囚が死刑を宣告され、それを待っている時のような気持ちだったと思います。そんな中でも一応自主練はしていましたが、すごく心身が引き裂かれているような感覚(両価的感覚)の中でのトレーニングだったのを覚えています。(両価的[両価性]についての詳細はこちら)




ここからは自主練中の「両価的感覚」について書いていきたいと思います。そう、まずは人間サンドバッグの恐怖を乗り越える為に、自主練をして体力をつけるしかない、という気持ちが強くありました。この気持ちに関してはこれまでの記事にも書いてきています。空手部時代にいつもあった気持ちです。自分は週に1回・1回1時間のペースでランニングをしたり、坂道ダッシュをしたり、筋トレをしたりしていました。人間サンドバッグは心肺機能を追い込む稽古でしたから、それに備えて鍛えておくのが目的です。ただし、この自主練は自主練の翌日に体調がぶっ壊れるだけで、体力が付いた実感を全く得られない自主練でもありました。この自主練は基本は週1ペースでしたが、夏休み・春休みで空手部がお休みの時は週3で自主練していた記憶です。




そして、ここからが自己矛盾を起こしている気持ちになります。これは夏休みや冬休み中に発生する気持ちでして、さらに合宿が1ヶ月くらい前に迫ってから発生する気持ちです。この時の自分の心の中では、あまりにも合宿が恐ろし過ぎるので、「合宿に向けて体力を温存したい!!」みたいな気持ちが働いていたんですよ。そう、合宿はまだ1ヶ月先にも関わらず、です。なんかあれは本能的な感覚でしたね。余りにも合宿が恐ろし過ぎるが故の体力節約本能、みたいな。1ヶ月先の合宿に備えて、極力身体を動かしたく無いという気持ちが発生していたのです。つまり、自分は合宿1ヶ月前になると以下の2つの気持ちに引き裂かれていました。そして、そんな状態で結局は自主練をしていたのです。



・人間サンドバッグの恐怖を乗り越える為に、自主練をして体力をつけるしかない


・合宿中の人間サンドバッグが恐ろし過ぎるので、それに備えて体力を一切使いたくない。



う〜ん、真っ二つに引き裂かれてますねぇ。こんな非常に自己矛盾した心理状態で自分は週3回自主練をしていました。そりゃ、こんな引き裂かれた心理状態じゃ、体力なんてつきませんよ。




いや〜、こうやって記事に書いてみますと、24年ぶりに当時の自分の姿を鮮明に思い出す事が出来て、とても嬉しくなりました。つまり、当時の自分は合宿が始まる1ヶ月前の時点で心を真っ二つに引き裂かれ、かなりの精神的ダメージを食らっていた、という事になります。素晴らしい。今回の記事はとても良い記事になりました。こうやって現在の自分(2021年7月)が、空手部当時の自分の姿を鮮明に思い出せた事で、当時の自分の苦しんでいる魂が鎮魂されたような感覚もあったりします。有り難いっすねぇ。





今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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