鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。skipper1242でツイッターもやってます。

大学空手部の3年間で鬱が3倍に悪化(過去編・1997年3月・21歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「永遠に抜け出せない自傷行為のループ(過去編・1997年3月・21歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が大学空手部引退後もトレーニングを辞められなかった理由について考えてみました。自分は大学空手部の3年間で「自分に対する自信」をさらに3倍失ってしまいました。そこでその失った自信を取り戻す為の手段として、トレーニングをする事しか思い浮かばなかったのです。そう、自分の頭の中には、


「トレーニング=体力が付く=自分に自信が付く」


という図式が強烈に刻み込まれており、自分にもこの図式が当てはまるとと思い込んでいました。そして、自分はこの図式を盲信し、トレーニングを繰り返しましたが、やってもやっても体調が壊れるばかりで、一向に体力が付いたという実感が得られません。しかし、それでも懲りずにトレーニングを続けてしまったのです。



このように自分は大学空手部引退後もトレーニングという名の「無意識の自傷行為」を延々と続け、さらに鬱を悪化させていく事となりました。そして、自分が引退後もトレーニングを続けてしまった理由は、先程書きました通り、大学空手部の3年間で大きく失われた「自分に対する自信」を取り戻す為です。自分はあの3年間で致命的な程自信を粉々に打ち砕かれてしまいました。



ではここで、久しぶりに自分が「自分に対する自信」を幼い頃よりどのように失ってきたのか、フローチャートで示したいと思います。これまでの記事において、高校時代までのフローチャートを作っていましたので、まずはそれを貼りたいと思います。各項目後ろの数字は、自分の中の「自分という存在に対する自信」を数値化しています。この数値が下がれば下がる程、自分が「自分に対する自信」を失った事を示します。同時に「被害妄想」の発症及び悪化も意味しています。



3歳くらいの時に起きたとある事件により、親に対して自分の感情や欲求を表現するのを諦める(プラスマイナス0)
(とある事件の概要は こちら)

小学校3年生の時の家庭環境の急激な悪化(マイナス5)
(詳細はこちら)


小学校3、4年生の時のスイミングスクールにおける離人(マイナス5)
(詳細はこちら)



小学校6年生の時の「A先生怒られ事件」 (マイナス8) 被害妄想発症
(事件の概要はこちら・被害妄想についてはこちら)



中学入学時の「自己紹介事件」(マイナス10)
(概要はこちら)

中学校3年間の「ゲームボーイ依存」(マイナス10)
(概要はこちら)

中学校のクラスにおける「被害妄想的ないじめの予期不安」(マイナス10)
(概要はこちら)

高校入学時に起こった「歓迎会逃亡事件」(マイナス11)
(概要はこちら)

高校1年生の秋に起こった「暴言事件」(マイナス16)
(概要はこちら)



高校1年生の3月に起きた「寄せ書き事件」(マイナス21)
(概要はこちら)

高校2年生の4月に起きた「ホルンパートでの自己紹介事件」(マイナス22) 鬱を完全発症
(事件の概要はこちら・8個の鬱の諸症状はこちら)




このように自分は年齢を重ねるにつれて「自分に対する自信」を失っていき、「被害妄想」は逆に酷くなっていきました。では次のフローチャートでは新しく大学空手部時代以降の項目を加え、その時のメンタル数値を出してみたいと思います。高校時代までは上のものと一緒です。



3歳くらいの時に起きたとある事件により、親に対して自分の感情や欲求を表現するのを諦める(プラスマイナス0)
(とある事件の概要は こちら)

小学校3年生の時の家庭環境の急激な悪化(マイナス5)
(詳細はこちら)


小学校3、4年生の時のスイミングスクールにおける離人(マイナス5)
(詳細はこちら)



小学校6年生の時の「A先生怒られ事件」 (マイナス8) 被害妄想発症
(事件の概要はこちら・被害妄想についてはこちら)



中学入学時の「自己紹介事件」(マイナス10)
(概要はこちら)

中学校3年間の「ゲームボーイ依存」(マイナス10)
(概要はこちら)

中学校のクラスにおける「被害妄想的ないじめの予期不安」(マイナス10)
(概要はこちら)

高校入学時に起こった「歓迎会逃亡事件」(マイナス11)
(概要はこちら)

高校1年生の秋に起こった「暴言事件」(マイナス16)
(概要はこちら)



高校1年生の3月に起きた「寄せ書き事件」(マイナス21)
(概要はこちら)

高校2年生の4月に起きた「ホルンパートでの自己紹介事件」(マイナス22) 鬱を完全発症
(事件の概要はこちら・8個の鬱の諸症状はこちら)



大学に入学後空手部に入部し、そこでの稽古の厳しさを乗り越えようと必死に自主練を繰り返すが全く体力が付かない。自分の中で無力感がどんどん増えていき、「被害妄想」がさらに悪化。それにより、空手部の稽古に対して「死の恐怖」を感じるようになり、夜眠れなくなってしまった。この生活を3年間続けた結果、鬱がさらに3倍に悪化(マイナス66)
(この時代の12個の鬱の諸症状はこちら)



大学3年生でカウンセリングを受け始めるも、鬱の諸症状の辛さをほとんど喋る事が出来ず、短期的には何のポジティブな効果も得られず。(マイナス66)(詳細はこちら)



大学空手部引退後も、トレーニングという名の「無意識の自傷行為」を続けてしまい、鬱が全く回復しない(マイナス66)(詳細はこちら)




いいですね!大学空手部時代の3年間で自分の鬱は3倍に悪化してしまいましたから、「自分に対する自信」も3倍失われたという事になります。ですので、フローチャートの中のメンタル数値も3倍に増えてしまった、という事になります。つまり、高校時代のメンタル数値がマイナス22ですので、マイナス22×3=マイナス66です。マイナス22からマイナス66へと凄まじい下落っぷり。いや〜劇的に減りましたねぇ。これは空手部の3年間を経て、自分の自信がさらに3倍失われたという事を示しています。同時に「被害妄想」も3倍酷くなった事を示しています。



自分はこれまでこのブログにおいて、大学空手部以降の自分の心身の状態を「鬱の廃人」と表現していますが、まさにその通りの状態だな、という印象です。自分の心は、慢性的な背中の疲労感を始めとする肉体的苦痛により、常に大きな悲鳴を上げ続けていました。そして、その痛みに自分の心は占領され、意識は常に朦朧としていました。それに加えて、病的(×3倍)な「被害妄想」にも苦しめられていたのです。いや〜、キツいにも程がある日々でした。ではここで、当時の12個の鬱の諸症状を貼りたいと思います。いつものコピペになります。



「大学空手部時代の12個の鬱の諸症状」


①大学空手部のとある練習メニューが自分には厳し過ぎて、その「殺される」程の恐怖感で夜眠る事が出来ない。(空手部時代の話②)

②食欲の完全消失(大学時代の鬱の諸症状)

③激しいめまい・離人感(〜離人感と冷え性〜)

④酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)

⑤高校時代と比べて3倍酷くなった慢性的な疲労感と眠気。背中の疲労感は余りにも酷く、それは「疲労感」というより「激痛」という方が妥当。例えるなら「背中をナイフで思い切り刺され続けている感じ」。(〜慢性的な疲労感と眠気〜)

⑥限定的な難聴(〜慢性的な疲労感と眠気〜)

⑦自殺願望(〜自殺願望と救い〜)

⑧何が理由かは全く分からないのだけれど、大学にいる時の自分が、身体がいつも疲れ切っていて眠くて仕方なく、いつも泣きそうなくらい悲しい

⑨慢性的な口内炎

10空手部の稽古中の喘息

11空手部のとある練習メニューの恐怖を乗り越えようと、自主練を繰り返すも、翌日の体調が滅茶苦茶に崩れるだけで一向に体力が増える実感を得られない。そのうちに自分の中には「孤独感」「脱力感」「無力感」「虚無感」がどんどん増えていき、これが自殺願望へと繋がっていった。これは「無意識の自傷行為」とも言える。自主練の内容は、ランニング、坂道ダッシュ、縄跳び、筋トレなどで、1時間程度。頻度は通常は週1回、夏休み・春休みは週3回。
(大学空手部時代の虚し過ぎる自主練)

12 「空手部を辞める」という選択肢が全く無い中、引退までの3年間をただただ耐えるしか無い。しかし、①〜11の諸症状に苦しみながらの空手部の日々は全くもって遅々として進まなかった。それは例えるなら「匍匐前進で日本列島を縦断する」くらいの途方の無さ。自分は時間の進まなさに何度も絶望し、無力感を募らせていった。



おまけ①:空手部の稽古中の様子

『空手部の稽古中の自分は、喘息は苦しいわ、めまいは酷いわ、背中の慢性的な疲労感は酷いわ、眠気は酷いわ、酷い冷え性で鼻水ズルズルだわ、滅茶苦茶でした。自分の意識はこれらの症状に攻撃され続け、その肉体的苦痛で頭が狂いそうでした。その苦痛量は心の許容量をオーバーしていましたから、稽古中にも「離人感」を発症していたのです』
(大学空手部時代の虚し過ぎる自主練)


おまけ②:大学空手部を辞めれなかった理由についてはこちら


おまけ③:自主練翌日の体調

『自主練の翌日の体調は、昨日の疲労感がエグく残っており、身体はとてもダル重く、冷え性も酷くて真夏でも鼻水がズルズルだったのです。もちろん食欲なんて当然ありませんし、背中の疲労感も滅茶苦茶です。背中をナイフで刺され続けているような痛みでしたからね。こんな状態で体力が付いたという実感を得られる訳がありません。』



11の自主練の件りですが、この文章に「被害妄想」の要素を付け加えたいと思います。付け加えた文章は以下の通りになります。


11空手部のとある練習メニューの恐怖を乗り越えようと、自主練を繰り返すも、翌日の体調が滅茶苦茶に崩れるだけで一向に体力が増える実感を得られない。そのうちに自分の中には「孤独感」「脱力感」「無力感」「虚無感」がどんどん増えていき、自分はさらに「自分に対する自信」を失っていった。これにより「被害妄想」は逆に酷くなり、「自分は人間サンドバッグの稽古中に先輩達に追い込まれ過ぎて殺されてしまう!!」という凄まじい「死の恐怖」が発生。これにより夜全く眠れなくなり、さらに鬱が悪化してしまう事に。これが自殺願望発症へと繋がっていった。この自主練は「無意識の自傷行為」とも言える。自主練の内容は、ランニング、坂道ダッシュ、縄跳び、筋トレなどで、1時間程度。頻度は通常は週1回、夏休み・春休みは週3回。
(大学空手部時代の虚し過ぎる自主練)




いいですね!やはり自分の鬱を語る上で「被害妄想」は欠かせない重大要素という感じがします。そして、不思議な事にこのブログで「被害妄想」について書いていけばいく程、現在の自分(2021年11月)のメンタルに良い効果がある感じがしています。「被害妄想」について書く事で、現在の自分の心の中にまだ残っている言語化されていないモヤモヤが、言葉に置き換わっていくような感じがするのです。この感覚はとてもスッキリして心地が良い感覚です。これからも「被害妄想」を最重要観点にして、記事を書いていこうと思います。



今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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